第119話「裏切り」
特急電車に揺られてから二駅ほどで降り、しばらく歩いていくと近年出来たであろう新しいアパートにたどり着いた。
ユアはアパートの看板と、寮母に教えてもらった住所と照らし合わせた。アヨの家はここで間違いなかった。
部屋の前まで行き、ユアがインターホンを鳴らそうとすると……。
「ユア?!」
仕事から帰ったアヨ本人の声に呼び止められた。
ユアは振り向くと衝撃を受けた。目の前に立つアヨはウェーブ掛かった金髪に、つけまつげに濃いアイメイク、さらに格好も肩出しにミニスカートなど、いかにもギャルの格好をしていたからだ。
昔、ギャルを嫌っていた時の彼女とは思えない姿だった。
「アヨ……?」
「何の用? 仕事帰りでヘトヘトなんだけど」
アヨは明らかにイラついていた。
「き、急に来てごめん……。アヨに大事な話があって、寮母さんに住所を教えてもらったの」
「話って、今じゃなきゃダメなの? メルアド知ってるでしょ?」
「ち、直接、伝えたくて……」
ユアが消え入るような声で答えると、アヨは不満そうにため息をつきながら手招きした。ここ以外の場所で話したいようだ。
二人は徒歩五分ほど歩いた場所にある公園に来た。
夏なので空はまだ明るかったが、時刻は十九時を回っていたので人は誰もいなかった。
公園のベンチに腰掛けると、「で、何?」とアヨは早々に促した。早く聞いて早く帰りたい意思が伝わって来た。
ユアは相手に怯みながらも、少しずつ話し始めた。
「あ、あのね……。私、海外で暮らすことになったんだ。だから……もうアヨには会えなくなるから、お別れを言っておこうと思って……」
「海外?」アヨは興味ありげにユアへ視線を向けた。
「あんたが海外行くなんて、ありえないんだけど。向こうの言語しゃべれるの? いつも赤点取ってたし、向こうに知り合いもいないでしょ?」
「い、一応、いる」ユアがそこまで言うが、アヨは聞かずに遮った。
「大体、何でわざわざ言いに来たの? 本当は私のこと、嫌いなくせに」
そう言われ、ユアは先が言えなくなった。アヨからの信頼を失っていると思うと、言葉が出なくなったのだ。
思えば、最後に会話した時の電話も彼女からの説教に耐えられず、ユアから切ってしまった。それを根に持たれていると思っていた。
「もう友達と思ってないなら無理しなくていいわよ。私もとっくにやめてるから。てか、初めから思ってなかったし」
最後に出た一言がユアの心に引っ掛かった。
「どういう意味……?」戦慄しながら尋ねた。
「昔からあんたが大嫌いだったのよ」
突き放すように言うアヨ。
呆然とするユアに構わず、相手は容赦なく言い続けた。
「気付いてなかった? まぁ、あんたも鈍感だからね。私、ずっと“リマネスが好き”って言って来たでしょ? あんたの近くにいたのは、あの人に近付くためだったのよ!」
ユアはさらなる衝撃に襲われた。
同時に思い出していた。アヨは昔からユアをいじめるリマネスを崇拝しており、密かに彼女の味方をしていたことを。そして、アヨが近づいて来たのも、ユアがいじめられ始めた頃だった。
「だから友達なんて一度も思ったこと無いし、あんたの“空想の世界へ行って来ました”って作り話もガマンして聞いてたのよ!」
「ガマンして……? 時々、アヨの方から聞いて来てたじゃない……」
「あんたに縁を切られないためよ! あんたとおさらばしたら、リマネスに近付けなくなるでしょ!」
ユアは恐怖で震え始めた。
小学校の頃からあった友情が初めから無かったことが信じられなかったし、信じたくもなかった。
そんな様子にお構いなしで、アヨは打ち明け続けた。
「あんたがリマネスに引き取られた後、私、直談判しに行ったのよ! あんたじゃなくて、リマネスに!」
「直談判……?」
「“どうして私じゃなくてユアを引き取ったの?”って。だって、おかしいじゃない! あんたは勉強も運動も赤点で成績も下の方で、何の取り柄もないくせにリマネスに目を掛けられてたんだから! 私の方が成績が上で、リマネスのことを好いていたのに、あんたが里子として引き取られるなんて納得いかなかったのよ! 私の方が、リマネスに引き取られたかったのに……!」
アヨは悔しさに顔を歪めた。
「そしたら、何て言われたと思う? “ずっとあんたが大嫌いだった。リマネスはユアだけといたいのに、金魚の糞みたいについてくるから”って……! ショックだった。私は長年、あの人を喜ばせるために味方して来たのに、リマネスはまったく見てくれなかった……。それどころか、金魚の糞とまで言ったのよ! リマネスはこんな私より、あんたしか見てなかったんだよ!!」
「私、ずっと、リマネスからいじめられてたの! 好かれてなんかなかった!」ユアもショックに耐えながらも必死に反論した。
「知ってる。だから、私もずっとリマネスの味方してた! それなのにあんたは疑うことなく“アヨ、アヨ”って。ウザいったらありゃしない!」
アヨのこれまでの思いを聞いたユアは心に深い傷を負い、涙をこぼし始めた。
「泣きたいのはこっちなんだけど! リマネスを手伝って来たのに邪魔者扱いされて、挙句の果てには金魚の糞呼ばわりまでされたのよ! じゃあ、これも知ってる?」
アヨはユアの涙を見ないようにしながら、次の話を始めた。
「前に、あんたの現在地や就職先が暴露されたことあったでしょ? ばらしたの、私だから」
ユアは次々と襲い掛かるショックに、もう言葉も出なかった。
以前、ユアがリアリティアの弁当屋で働いている時に、彼女の居場所を察知した動画班がやって来た。
その後、ユアを盗撮した動画が上がり、リアリティアを自由に歩けなくなってしまった。
まもなくして、盗撮した者及び動画の編集者たちは捕まった。
しかし唯一、最初にユアの居場所をばらした者だけの情報はつかめなかった。その張本人がアヨだったのである。
「悪く思わないで。これも収入のためなんだから」
ユアは放心状態で聞き続けた。
「ネットの一部で募集があったの。“令嬢系リアチューバ―に関する情報を持って来たらお金を払う”って。それで該当の掲示板に書き込んだら、本当にお金が送られて来たの。ちなみにあんたのこと、アクセプト寮に入る前から知ってたから。寮に出入りしたり、弁当屋で働いている姿も見ていたから。だから、私が寮に来たのはあんたの行動を監視するため」
ユアが働いていた店に盗撮班が来たのは、アヨが来る少し前。
彼女の発言と照らし合わせると、辻褄が合った。アヨの証言を信じたくないユアだが、ここまで答え合わせが出来ると信じせざるを得なくなった。
なので、最後に電話した時に「どこで何しているの?」と聞いて来たのは、ユアの情報をばらすためだったのだ。
ちなみに、寮に変な人たちが来るようになった時、アヨも「出て行け」と言ったのは、ほんの冗談だった。
他に居場所がないユアが本当に出て行くとは思っていなかったようだ。
ユアは反論が出来なかった。ずっと信じていた友人が、初めから自身を裏切りながら付き合っていたのだ。
就職先などの拡散も、収入のためだった。ユアは今回もアヨに利用されたのであった。ショックは深く、言葉も頭に浮かんで来ない状態だった。
「これでも、まだ私を友達だと思ってる?」
アヨは勝ち誇るでもなく、ひたすらユアを睨みつけていた。
「金輪際、妹に近付くな!!」
男性の低い怒鳴り声がした。
振り向くと、少し離れた場所にディーンが立っていた。やはり、心配してやって来たのだ。
「だ、誰?」アヨとは初対面だった。
「ユアの兄だ。妹をずいぶんと可愛がってくれたようだな?!」と、ディーンは敢えて強調しながらアヨへ詰め寄った。
「お、お兄さん……? どういうこと?! 私、聞いてないんだけど」
アヨは動揺し始めた。
今までユアを見て来た自身が、彼女の知らない情報があることが許せなかったのだ。
前に、退寮した時も自分にだけ知らされていないことが不快だったのも、そのせいだ。
「またシカト? 前もみんなには言って、私には言わずに寮を出て行ったわよね? こういう仲間外れ、ムカつくんだけど! 何で私には紹介してくれなかったのよ?!」
「こういう時だけ友人ぶるのだな?!」
ユアの代わりにディーンが怒号を上げた。
「“またシカト”、“仲間外れはムカつく”と申しているが、そちらも同じことをしただろう! 自分は息をするように人を省くくせに、された側になると被害者面するのか? そちらの何気ない行為で、ユアがどれほど傷ついたか考えたことがあるか?!」
「元々友達と思ってなかったんだから、傷ついたかどうかなんて知ったこっちゃないわよ!」
「よく、そのようなことが言えるな……! ユアはそちらを信じて来たというのに!!」
さらに声を荒げるディーンとアヨの間にユアが割って入った。
「ふ、二人とも、やめて! もう遅いし、近所迷惑になるよ……」
ユアが止めに入ると、アヨは持っていた荷物を持ち、ベンチから立ち上がると自分のアパートへ帰って行った。その足取りは明らかにイラついていた。
ディーンも去って行くアヨの背中をいつまでも睨みつけていた。
ユアのショックは続いていたが、彼が介入し怒鳴ってくれたおかげで少しだけ和らいでいた。
そして、ディーンがアヨへ手を出さなかったことを幸運だと思うのであった。




