第116話「挨拶~ミラーレ~」
ミラーレの弁当屋・ネクストドア。
ディンフルは厨房の外へサーヴラスを呼び出した。客足もひとまず落ち着いたので、休憩を取れたのだ。
「ご無沙汰しております、ディンフル様!」
「元気そうだな。弁当屋の守護だけでなく、手伝いまでご苦労である」
サーヴラスは弁当屋スタイルとして、頭に三角巾、衣装の上にはエプロンを着用していた。
古城にいた時、三角巾はしていなかったので、ディンフルは相手の新鮮な姿に笑いを堪えていた。
「戦いの方はどうですか?」
「レジメルス、アジュシーラ、ネガロンスが一味から抜けた。最初の二人はインベクル王国が逮捕し、ネガロンスは呪縛が解けて元の姿に戻ったのだ」
「そうですか。あとは、クルエグムとヴィヘイトルのみですね」サーヴラスは安堵しながら言った。
「これからはあの二人のことだ、激戦が予想される。それゆえ、ユアがここへ挨拶をしたいと言い出した」
「それでいらっしゃったのですね。私も参戦しましょうか?」
サーヴラスからの提案で、ディンフルは一旦考えた。
ヴィヘイトルとの戦いにジュエルだけで勝てなければ、人手が必要だった。もちろん、頭数をそろえたところで勝てる保証はない。
だが、サーヴラスが来ると戦力にもなるし、何より弁当屋の赤字が少しは解消されるかもしれなかった。考えれば考えるほど、メリットの方が多い。
しかし、彼は自分で提案しておきながら、すぐに断るのであった。
「やっぱり、やめておきます。今、弁当屋は人手が足りていないんです。隣の図書館からキイさんが毎日来てくれていますし、とびらさんも新しい職場に行っていましたがお店の状況を見て退職したそうです。それでも、てんやわんやです。まりねさんは“人件費掛けたくないし、教える余裕がないから”と、新人は入れないそうですし。なので、私はしばらくこちらを手伝います」
「しばらく弁当屋を手伝う」その台詞を聞いたディンフルは、赤字地獄に陥る弁当屋が目に浮かんだ。
「そ、そうか。だがな、サーヴラス……。お前がいなくても、売れ続ける弁当屋を提案した方がいいぞ」
「と、言いますと……?」
説明を求められディンフルは、まりねが言っていた苦情をすべて打ち明けた。
事実を知ったサーヴラスは、顔がすっかり青ざめてしまった。
「わ、私の仕入れで赤字とは、何たる不覚……」
そう言うと膝から崩れ落ちた。
店に負担を掛けていたことに今頃気付き、ショックを受けたのだ。
「お、お前も弁当屋の調理は初めてだろう? 知らぬのも無理はない」ディンフルが慌ててフォローした。
確かに王族の下で働いていたサーヴラスが、異世界の一般庶民が口にする弁当事情を知らないことは事実であった。
「わ、わかりました……。それなら、今度はなるべく低価格の食材を仕入れることにします」
「低価格とは? まさか、王族御用達ではなかろうな?」
「今、ネクストドアでは“王族フェア”というものをやらせていただいております。なので引き続き、王族のものを……」
「王族“風”ではいかんのか?!」
サーヴラスはその発想が無かったらしく、目から鱗が落ちた。
その後、彼はディンフルの協力を得て、新たな弁当を考案し始めるのであった。
◇
ネクストドアの居間。
ユアは仲間たちを外で待たせ、まりねへ挨拶することにした。
とびら、キイ、こうやは店のことがあるので、来られなかった。
「これからはディン様いわく、激戦になるかもしれない」
ユアからの言葉を聞き、まりねは顔を強張らせた。
「もしかしたら生きて帰れないかもしれない……。だから、挨拶に来たの」
「バカなこと、言わないで!」まりねは厳しい口調で遮った。
「今から悪いことを考えないで! “生きて帰れないかもしれない”じゃないの。“必ず生きて帰る”の!」
「じ、じゃあ、行ってもいいの?」
「引き止めても、ユアちゃんのことだから行くんでしょ? 前の件でわかったのよ、あなたが頑固だってことは!」
ユアは「生きて帰れない」と伝えると、「やめときなさい」と止められると危惧していた。
しかし、当のまりねは止めるどころか背中を押してくれた。
「前も言ったけど、絶対に生きて帰って来て! 全員よ!」
「あ、ありがとう……」
長引くと思われた挨拶が予想よりも短く終わり、ユアはあっけに取られるのであった。
「じゃあ戻るまで、引き続きトランク預かっててくれる?」
ユアはフィーヴェに行く前、弁当屋にリアリティアから持って来たトランクを預けていた。
すると、まりねは無言でユアに手招きをして、トランクが置いてある二階へ連れて行った。
ユアが使っていた部屋に来ると、トランクは端に片付けられ、中に入れていたものがすべて部屋に置かれていた。
「まりねさん、これは……?」
「ごめんなさいね、トランクを勝手に開けて。ユアちゃんがいつでも帰って来ていいように、整えたの。服ももうクローゼットにしまってあるわ」
ユアはいつでも住まわせてくれるまりねとその家族の心遣いに感銘を受けた。
なので、トランクを開けられたことはまったく気にならなかった。
「まりねさん、本当にありがとうございます……! 私たち、絶対に生きて帰ります! 必ず!」
ユアはひたすら、まりねに感謝し続けた。
施設育ちだった彼女にとって、この弁当屋が本当の意味での里親となったのである。
◇
ディンフルもちょうどサーヴラスと新しい弁当の考案を終えたので、ミラーレを発つことにした。
まりね以外はまだ忙しなく働いていたが、皆「ユアたちによろしく」と言っていたようだ。
「明日から客足が減るかもしれぬが……」
「大丈夫! いざとなったらサーヴラスさんに相談するから! 今度は王族風だから、仕入れも心配しなくていいんでしょ?」
本物の王族メニューから「王族風」になるが、まりねはあまり心配していないようだった。何故なら、料理力に長けたディファートのサーヴラスがいるからだ。
彼女の明るさを見て、「何かあっても、大丈夫だな」とユアたちは安心していた。
ユアとディンフルの用事が終わったところで、フィトラグスが前に進み出た。
「あの……。以前ここへ来た時に、悪態をついて申し訳ありませんでした!」
謝罪の言葉と共に頭を下げるフィトラグス。
先ほど明るくかわしたまりねは、やはり彼を優しく受け入れた。
「もういいのよ。また来てくれて嬉しかったわ! 今度来る時は、ゆっくりお弁当を食べて行ってね!」
フィトラグスの心に残っていた蟠りがようやく解けた。
五人は思い残すことなく、安心して弁当屋を後にするのであった。




