第115話「盛況の弁当屋」
イポンダートが改造した「ボヤージュ・リーヴル」という魔法の本で、リアリティア経由でなくてもフィーヴェからミラーレへ飛べた。
ユアとディンフルは前の戦いが終わってから訪れていたが、ティミレッジらは一月以来だ。
五人は弁当屋「ネクストドア」の前に降り立った。
「懐かしいなぁ!」
「本当。みんな、元気にしてるかな?」
オプダットとティミレッジがしみじみと思い出していた。
たった二日しかいなかったが、見知らぬ異世界で迷子になった時に救いの手を差し伸べてくれた場所だ。その恩はまだ心に残っていた。
ところが、フィトラグスだけ暗い表情を浮かべながらつぶやいた。
「俺は散々、迷惑掛けたからな……」
フィトラグスは来たばかりの頃、ディンフルを憎んでおり、魔王を受け入れる周囲が理解出来なかった。ユアや仲間を怒鳴ったり、弁当屋の店員たちにも悪態をついてしまったのだ。
謝罪も出来ていないことを、今も後悔していた。
「大丈夫だよ! みんな優しいし、まりねさんも“赤い髪の人もまた来てほしいわ”って言ってたもん!」
「本当か……?」
いつかまりねが言っていたことをユアが伝えると、フィトラグスの緊張が少しだけ緩んだ。
五人の心の準備が出来たところで入店しようとするが……、店内は客だらけで入れそうになかった。
「何か、混んでる……?」
「聞いた話と違うぞ。売り上げが落ちているのではなかったか?」
ディンフルの指摘通り、ネクストドアは近所に全国チェーンの弁当屋が出来たことから、前よりも売り上げを落としていた。
それなのに、今の店内は昼時を過ぎているにもかかわらず賑わっていた。
中を覗くと、レジをしているまりねとキイはてんやわんやだった。
看板娘のとびらは別の仕事へ行っているのか、店内にはいなかった。
「これは手伝いが要りそうだな……」
五人が外から覗いていると、後ろから声を掛けられた。
「みんな、どうしたの?!」
振り向くと、買い物袋を両手に下げたとびらが立っていた。
◇
裏口から店内へ入った。
あれから、とびらも接客へついてしまい、五人は居間で待たされることになった。
「ゆっくり話せそうにないな……」
「今日は帰る? みんな、忙しそうだし」
待ちくたびれたフィトラグスとティミレッジがつぶやいたところで、まりねが居間へ入って来た。
「お待たせ! やっと、休憩取れたわ……」
「お疲れ様です。すごい人ですね!」
ユアが労わるように声を掛けるも、まりねはすでにヘトヘトだった。
弁当屋の仕事は十九時過ぎまであるが、まだ昼過ぎだ。今の賑わいのままで体力がもつのか、ディンフルが心配して尋ねた。
「この調子で、夕食時まで出来るのか?」
「最近は夕方で閉めているのよ。もうこの時間で疲れちゃうから……」
昼過ぎでも混雑するほどの人気になれば、店員がもたなかった。
「何でこんなにお客さん増えたんですか? 前は昼時でも少なかったのに」
「サーヴラスさんのおかげよ……」
まりねは息も絶え絶えに答えた。
ユアがクルエグムからの告白を断ったことで、弁当屋が一味に襲われる危険があった。
そこで、ディンフルが自身の部下・サーヴラスに店を守るよう頼んだのである。
「何でサーヴラスのおかげでここまで?」
「フッ。それはだな……」
オプダットが疑問に思うと、ディンフルが得意げに言い始めた。
彼がドヤ顔をするのは珍しく、ティミレッジとオプダットは驚き、ユアはときめき、フィトラグスは苛立った。
ディンフルは自信満々に結論を言った。
「サーヴラスは料理力に長けたディファートだからだ!」
聞けば、サーヴラスは生まれ持った能力で匂いだけで味がわかったり、調味料を入れた段階で「塩辛い」「甘い」が視覚的にもわかるのだ。
つまり、経営危機の弁当屋には打ってつけの人材だった。
「そんなすごい人が来たら、弁当屋が黒字に戻るわけだ!」
ユアが嬉しそうに言ったところで、まりねがディンフルへ向かい合った。
「ディンフルさん、付き合い長いのよね? 彼って元々、王族の下で料理を作っていたんですって?」
さらにサーヴラスの新事実が明らかになった。
彼はディンフルと出会う前、人間の王族の元で食事を作っていた。
料理の腕はそこでも良かったが、王族や周囲は人間が多く、やはり差別もあったようだ。
「だから、ここら辺では見ない料理を知っているのね」
まりねが改めて納得の声を漏らしたところで、彼女は「これを見て」と五人に一枚の紙を見せた。
それは店の売り上げ表を印刷したものだった。先月は赤字。近所に全国チェーン店が出来、お客さんが離れて行ったばかりの頃だった。
そして今月は……、現在の時点で赤字だった。
「赤字? 何でですか?! こんなにお客さん増えているのに!」
ティミレッジが驚愕の声を出すと、まりねは「ここを見て」と原材料費を指さした。
先月より明らかに高額になっていた。
「な、何を使ったら、こんな値段になるんだ……?」
オプダットも目を点にすると、まりねが説明し始めた。
「サーヴラスさん、“売り上げを伸ばすなら、ここには無い弁当を作りましょう”って提案してくれたの。そしたら、いかにも王族が好みそうな材料を次々と仕入れて来たのよ」
それだけの説明で五人は大いに納得した。どうやら彼は、王族の下で働いていた時の癖が抜けなかったのだ。
そこを辞めた後も、魔王となったディンフルの城で高級な料理を作っていたので、余計にそうなってしまっていた。
「でも、高い価格にすると弁当は売れないでしょ? ここ、都会じゃないし。だから、思いっきり勉強したのよ。目新しさでお客さんは戻って来たけど、原材料費が高すぎて割に合わないのよね……」
「客が戻った」と言っても、売れていた頃より繁盛しているので戻り過ぎである。
まりねたちもサーヴラスは客を戻してくれた上、ディンフル以来にこうやが「次期店長候補」に推薦するほどの料理力もあるので、文句が言えなかった。
「だから、ディンフルさんから言ってやってくれない? 良い時に戻って来てくれたわ~」
まりねの口から出るのは文句ばかりだが、表情は常に笑顔だった。
それが逆に圧となり、ディンフルはサーヴラスへ一言申すことに決めた。断れば、最終的に弁当屋が破産する危険があったからだ。
何より、まりねの不自然な笑顔に若干の恐怖も感じるディンフルであった……。




