第114話「決断」
インベクル王国の一室。
ディンフルはユアをヴィヘイトルとの戦いに連れて行くことに反対し、チアーズ・ワンドの力を自身でも扱えるように提案した。
ユアから別の者へ力を移行させることは、老師・イポンダートの体に強力な負担を掛けるリスクがあった。
ところがディンフルは、構わずに力の移行を求めた。
自身の命を軽視されたとして、イポンダートは怒り狂うのであった。
「忘れたのか?! お主をただのディファートから魔王に仕立て上げたのは、このわしじゃぞ!」
「その点では感謝する。だが修行中、私がどんなに痛めつけてもすぐに復活しただろう? それほどの体力オバケなら、簡単には死なぬ筈」
「わしにも限度はあるわい! 確かに修行中、厳しく鍛えた時もあるが、逆にわしもお主から虐げられて来たんじゃ!」
「虐げられたのは私の方だ! “修行の一環”と言って、食事に私の嫌いなピーマンを大量に入れおって!」
「お主こそ、わしの嫌いなニンジンをふんだんに使いおって!」
「報復である! 何故、数少ない憩いの時に嫌いなものを無理して食べねばならぬ?!」
いつの間にか話の論点が変わり、睨み合う二人。
その様子を、他の仲間たちは呆れながら見つめるのであった。
だが、ユアのみ沈んだ表情でチアーズ・ワンドを強く握っていた。
「もうやめろ! 二人して大人げない!」
見かねたフィトラグスが止めたおかげで、論争はピリオドを打った。
「それで、どうするんだ? 勝手に話を進めているが、これはユアの気持ちが一番大事だろ?」
彼がそう言うと、他の者が一斉にユアを見た。
「そうだな……。ユア、チアーズ・ワンドを渡してくれ」
ディンフルが手を差し伸べながら頼むと、ユアはチアーズ・ワンドをさらに強く握りしめ、首を横へ振った。
「ユア……?」
「ごめん。渡せない」
ディンフルは驚いた表情をしながら、差し伸べていた手をゆっくりと下ろした。
「……俺も皆も、ヴィヘイトルの前ではどうなるかわからぬ。誰かが死ぬ様子を直視するかもしれぬぞ!」
「そ、それでも……、最後まで役に立ちたい」
ディンフルからどんなに言われても、ユアは拒否した。
「せっかくここまで来たから、最後まで行きたいの。リアリティアで暮らしている間に、仲間が死んだ話を聞く方がもっとイヤなんだよ!」
「目の前で誰かが死ぬ方がもっと傷つくぞ! そんな光景は、お前に見せたくない!」
ディンフルの一言で、ユアの脳裏にイマストⅣのエンヴィムがよみがえった。
彼はユアを庇ったことで、命を落としてしまった。それを知っているからこそ、ディンフルは彼女を激戦の地へ行かせたくないのだ。
「第二、第三のエンヴィムを作らぬためにも、お前はリアリティアにいる方が良い」
「……だったら、なおさら」
ユアは目を潤ませながらも、強い決意に満ちた目を相手へ向けた。
「エンヴィムみたいに死なせないためにも、行く!」
「死なせないために……?」
「エンヴィムの時は戦えなかったから、彼やみんなが守ってくれたんだ。でも今は、戦えるようになったから、私が誰かを守りたいの!」
「ふざけるな!!」
ユアが意思を伝えたところで、突然ディンフルが声を荒げた。
「“戦えるようになったから守りたい”? それは、俺やフィトラグスらぐらいレベルが上がってから言ってくれ! 今のお前では、誰かを守るなど夢のまた夢だ! まだ守ってもらっているくせに、生意気を言うな!!」
彼の言葉にユアがショックで言い返せず立ちすくんでいると、イポンダートが口を挟んだ。
「ずいぶんと言うのう。ならディンフルよ。三人衆がアジトにしていた廃墟で、酒でダウンしている時に誰がお主を守った?」
ディンフルは息をのんだ。
ユアの参戦を反対するあまり、廃墟での出来事をすっかり忘れていたのだ。
「クルエグムと小競り合いしている際、背後から襲って来た邪龍は誰が倒した? 三人がジュエルの力を強化させる時、誰のおかげで強くなった? 今回もそうじゃ。お主を深い眠りから覚ませてくれたのは? 全部、ユアじゃろう!!」
イポンダートは先ほどのおふざけとは打って変わり、真面目なトーンで怒鳴りつけた。
「“誰かを守るなど夢のまた夢”、“まだ守ってもらっているくせに”……一番助けてもらっておいて、どの口が言うのじゃ? 生意気なのは、お主の方じゃ!」
老師の態度と内容で、ディンフルはさすがに反論出来なかった。
「安心せい! 奴との戦いには、わしもついて行く!」
突然の発表に、五人が驚きの声を上げた。
「わかっておる。ヴィヘイトルにはジュエルだけの力で勝てんことは」
「勝てないのか!?」
さらに衝撃の事実にオプダットが絶望した。
敵組織を倒すために一行はジュエルを集める旅に出ていた。ところがジュエルで強くなっても、ヴィヘイトルに勝てない事実が伝えられてしまった。
「だから、わしも行く! ユアのサポートも、もちろんやる! だから安心して連れて行くのじゃ!」
「だが……」
「また心配性が出てしまっておるな。ここで連れて行かんとなると、ユアを信用してないことになるぞ。お主はまだユアが戦えんと申すか?」
イポンダートからの最後の言葉に、ディンフルはまた息をのんだ。
ユアからたくさん助けられて来たことは確かだ。それを拒否しては、彼女が強くなった事実を否定することにもなる。
そして、老師からのサポートもある。自身を魔王へ育て上げた彼がいるのなら、ヴィへイトル戦への恐怖が少しだけ薄らいだ。
「……わかった。ユアのサポート、しっかり頼むぞ」ディンフルはようやく折れた。
「ということは……?!」
ティミレッジが希望を持ったトーンで尋ねた。
「ユアも連れて行けるということじゃ!」
イポンダートが結論を言うと、ユアたち四人は歓声を上げた。
「よかったな、ユア!」
「これからも一緒だぞ!」
フィトラグスとオプダットも喜びの声を上げた。
皆が喜ぶ中、ディンフルがユアへ謝罪した。
「すまなかった。ヴィヘイトルとの戦いを前にして、お前に助けられたことをすっかり忘れてしまっていた。最後までしっかり守らせてもらう」
ユアは笑顔で首を横へ振り、それを見たディンフルが首を傾げた。
「みんなで助け合おう」
彼女の提案に、ディンフルが静かに頷く。
しかし、すぐに厳しい口調で忠告し始めた。
「だが、無理はするな。戦えると言っても、お前はこの中ではレベルが低い。辛くなれば、必ず頼れ。決して一人で抱え込むでないぞ!」
「はいっ!」
怒ったような口調で言われるが、ユアは笑顔で返事をした。
連れて行ってもらえることが、よほど嬉しいのだろう。
一方でディンフルはやはり不安だった。
いくら老師の助けがあっても、ヴィへイトルが相手では全員が生きて帰れるか保証が出来なかったのだ。
そして、自身のみジュエルが無いことにも劣等感を抱いていた。
(俺だけジュエルが無いが、このままで本当に大丈夫か……?)
ヴィヘイトルと戦ったのは、数週間前が最初で最後。あの時は一度もダメージを与えられることなく、やられてしまった。そのことも気掛かりだった。
「よし! そうと決まったら、ディンフルの元アジトへ行くぞ~!」”思い立ったが吉日”をモットーとするオプダットが早速張り切った。
「今からか……? 心の準備が出来ていないのだが」
ディンフルは苦虫を噛み潰したような顔で拒否した。戦力はここ数日で、前の通りに戻っていた。
しかし、相手は自分より強い。ディンフルでも、今すぐの出発は抵抗があった。
「私、その前に行きたいところがあるんだ……」ユアが申し訳なさそうに言い出した。
「どこだ?」
ディンフルが尋ねると、ユアは「ミラーレ」と答えた。
「こんな時に……? 何故だ?」
「い、生きて帰れるかわからないから、挨拶しておきたいの」
全員、言葉を失った。ディンフルやフィトラグスたちは超龍との戦いの前に、意を決してから挑んで来た。
しかし、ユアにとっては初めてだった。まさか、彼女の口から「生きて帰れるかわからない」と聞くとは……彼らは思わず戦慄した。
同時に、激戦を前に覚悟を決めるユアに感心するのであった。
これこそ、思い立ったが吉日。早速、五人そろってミラーレへ行くことになった。




