第112話「クイーンフォーム」
ティミレッジに青紫色の魔法弾が直撃し、浄化技が途切れた。
「ティミー!」
アンデッドと戦っていたフィトラグスたちが彼を介抱した。
倒れるティミレッジを見下すようにネガロンスが言い放った。
「この私を浄化しようなどと考えるからよ。バカね。少しは自分の弱さを認めたら?」
「ティミーは弱くない!」食い入るようにソールネムが声を張り上げた。
「あなたを戻すために、一歩も引かなかったのよ! それは強さから来る優しさよ!」
「くだらない!!」
ネガロンスは怒鳴ると、懐から青紫色の石を取り出した。
フィトラグスたちはそれに見覚えがあった。
「それは、レジメルスとアジュシーラが持っていた石?!」
「まさか……?」
オプダットはもう嫌な予感がしていた。
次の瞬間、石から出た黒いモヤがネガロンスの全身を包みこんだ。
モヤが晴れると、長いウェーブ掛かった黒髪を一つに束ね、袖無しの青紫色のマーメイドドレスを着たネガロンスが立っていた。彼女の目は白目無しの赤紫色一色となっていた。
「“クイーンフォーム”とでも言っておきましょうか。浄化出来るものなら、してみなさい!!」
レジメルスやアジュシーラと違って意識はあったが、ネガロンスの声は高音と低音が入り混じり、不協和音を思わせていた。
皆の後ろから、彼女の変わりぶりを見ていたユアはディンフルに助けを求め続けた。
「ディン様、戻って来て!」
◇
夢の世界。
ディンフルはユアの話を聞かせる中、フィトラグス、ティミレッジ、オプダットの話題も出していた。
子供たちは変わらず熱心に聞き続けていた。
「フィトラグスって勇者の人、ちょっとうるさいね」
「オレは好きだよ。熱心だし頼りになるもん!」
「ティミレッジって人も頼れるよ! だって、頭がいいんでしょ?」
「頼れるのはオプダットって人でしょ! 戦う時のパンチが強そうだもん」
「でも頭悪いじゃん。しょっちゅう、言い間違えるし」
子供たちはディンフルの話にすっかり夢中だった。
しかし、その後ろで聞いていたウィムーダが暗い表情を浮かべていた。
「ウィムーダ、どうした?」ディンフルが気に掛け、話を中断した。
「ねえ、ディン。それ、本当に夢の話なの?」
彼女に聞かれ、ディンフルは息をのんだ。
「ウィムーダ姉ちゃん、何でそんなこと言うの?」
「夢のお話に決まってるじゃん!」彼の代わりに子供たちが反論し始めた。
子供たちへは返答せず、ウィムーダは真っ直ぐにディンフルを見つめ返した。
「ごめんね、こんなこと言って。でも、夢の割には見て来たように言うから、実際に経験した話かと思ったの。違う?」
「な、何言ってるんだ……? これは、夢の話だぞ」
ディンフルはうろたえ始めた。
実は、彼女に言われる前から自身も違和感があったのだ。ユアたちの話をしながら、夢とは思えないことに。
◇
変身したネガロンスが召喚したアンデッドは非常に強く、ジェムの力もむなしく、一行の必殺技が効かなかった。
攻撃力も強く、やられて倒れるフィトラグス、ティミレッジ、オプダット、ソールネム。
そんな四人へネガロンスは上部から黒い妖気を浴びせ始めた。
「ま、まずい……!」
「これって、ゾンビになっちまうアレだよな……?」
フィトラグスとオプダットは以前、妖気を浴びたことを思い出した。
ティミレッジは杖を握りしめて、再び浄化技を使った。
しかし、今回は妖気の威力が強く、浄化技は溶かされるようにかき消されてしまった。
「そんな……」
「強化された力の前では、お前の浄化などムダよ!」
妖気はどんどん降り注ぎ、仲間たちの体力を奪い始めた。
その間にパーティの後ろで、眠るディンフルへ呼び続けるユアへネガロンスが近づいた。
「ディンフルはもう夢の最深部。戻って来ることはないわ」
「ディン様は必ず戻って来る……!」ユアは怯えながらも、言い返した。
「魔法を掛けた側だから言えることよ! あなたもおとなしく妖気を浴びなさい。この中じゃ一番弱そうだから、すぐ楽になれるわよ」
ネガロンスが手を掛けようとしたその時、ティミレッジがユアへバリアを張った。
カウンターバリアなので、ネガロンスの頬に白い電撃が走った。
「小癪なぁ!!」初めてダメージを受けた彼女はヒステリックに叫び、倒れる一行の元へ再び戻って来た。
「どうやら、お前たちから相手をしてあげた方が良さそうね!」
ネガロンスが離れた今の間に、ユアはディンフルの体を抱き上げた。
「みんなが危ないの! 戻って来て、ディン様!」
彼が目覚める気配はまだ無い。
体には温もりがあったが、抱き上げた途端、首が力なく垂れた。力がまったく入っていない。
ディンフルはネガロンスの言う通り、夢の最深部まで行っていたのだ。
「お願い、目を覚まして……」ユアの目から溢れる涙がディンフルの頬に落ちた。
すると、彼の眉間に少しだけ皺が寄った。
「ディン様?!」
叫ぶと、ディンフルの眉間の皺が深くなった。
先ほどより反応があるので、目覚めは遠くないとユアは確信するのであった。
「戻って来て、ディン様!!」
次の瞬間、ユアはディンフルに口付けをした。
◇
夢の中にいるディンフルの息が荒くなった。
突然、ユアに会いたくなる衝動に駆られ始めたのだ。
「ディン兄ちゃん、どうしたの?!」
「具合でも悪いの?!」
子供たちから一斉に心配の声が上がった。
「ご、ごめんな……。兄ちゃん、ちょっと今日は疲れてるんだ……」
「……そんな時に、お話させてごめんなさい」
ディンフルが体調不良を訴えると、子供の一人が代表して謝った。
すると、他の子供たちも次々と「ごめんなさい」と謝り、しまいには泣き出す子もいた。
「な、泣くな! 兄ちゃん、死なないぞ! 少し寝たら、元気になるさ!」
ディンフルは無理やり笑顔を作って、子供たちを元気にさせようと装った。
ところが、ウィムーダにはすべてを見透かされていた。
「ディン……行かなきゃいけないところがあるんでしょ?」
彼女からの言葉に、ディンフルは目を見開いた。
「子供たちは私に任せて、行って。今、あなたを必要としてくれる人のところへ」
「え? ディン兄ちゃん、どっか行っちゃうの?!」
「やだ! ここにいて!」
「ずっと、僕らと遊んでよ!」
「良い子にするから、行かないで!」
ディンフルがいなくなることを怖れた子供たちが嫌がり、先ほどより泣き出す子が増えた。
「ごめんな。ここは兄ちゃんのいる場所じゃないんだ。必ず戻って来るから、良い子で待っててくれ」
「やだ!」
「兄ちゃんも、姉ちゃんと一緒にここにいてよ!」
「僕たちを怒ってもいいから、行かないで!」
ディンフルが屈んで視線を合わせて説得するも子供たちは言うことを聞かず、彼に飛びついた。
ここで抱き着かれては、離れられない。
「離れなさい!!」
ウィムーダが怒鳴ると、子供たちは驚いた衝撃で黒いモヤとなって昇天していった。
「何……?!」
子供たちはいなくなり、ウィムーダだけが残った。
生前の彼女にそんな力は無かったので、ディンフルは口をあんぐりさせながら相手を見つめた。
「これで大丈夫」
「子供たちは幻だったということか? なら、お前は……?」
最後の質問に答えず、代わりにウィムーダは愛嬌たっぷりに微笑んだ。
それは、ディンフルが村長・フォールトをわざわざ見舞い、許した時に見た笑顔だった。
彼は確信した。
ここにいた子供たちと最初のウィムーダはネガロンスが作り出した幻で、今、目の前にいる彼女はディンフルを心配して現れた本物なのだと。
ウィムーダへ手を伸ばした瞬間、彼女は消え、ディンフルは強い光に包まれた。
◇
目を覚ますと、薄暗い森の中にいた。
かつての恋人の姿は、もう無かった。
視界に入ったのは、倒れる数人の仲間たちとそれを見て笑う悪の女王。そして目の前で、両手で顔を覆って涙するユアの姿だった。
考える前にディンフルは大剣を出し、必殺技を繰り出した。
「シャッテン・グリーフ!!」
黒と紫の衝撃波が女王の姿になったネガロンスに直撃し、フィトラグスらが浴びていた妖気が途絶えた。
「貴様……!」
痛みと悔しさに顔を歪めるネガロンス。
ディンフルが魔法で回復させると、仲間たちが一斉に立ち上がり、こちらへ走って来た。
「ディンフル!」
「ディンフルさん!」
「心配掛けたな」
「本当だぞ! 最後までグースカ寝やがって!」フィトラグスが文句を垂れるが、表情はどこか嬉しそうだった。
「回復までしていただいて、ありがとうございます!」ティミレッジは半泣きになりながら礼を言った。
「まさか、また魔王に救われるとはね……」冷静な口調だが、ソールネムも少し笑っていた。
「俺は信じてたぞ! ディンフルなら戻って来るって!」オプダットもいつも通り、明るく言った。
「そりゃあ、戻らないことはないだろ。ユアからの熱烈なキスを受けたんだから」
唯一の目撃者であるフィトラグスがからかい気味にバラすと、他の者は一斉に驚きながらユアを見た。
当の本人はそれどころではなく、ディンフルが目覚めた嬉しさからか顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「ユアちゃん、どうしたの?!」
「だって……、やっと戻って来たんらも~ん!」
「まったく……。ウィムーダ同様、世話が焼ける!」
ディンフルは文句を言いながらも、ユアの目から流れる涙を手で拭い、彼女の頭を撫でた。
「やかましい!!」
仲間たちの和やかな空気を、ネガロンスの怒鳴り声が打ち破った。
彼女は全員が目覚めたことに心底、立腹だった。
「よくも、私の魔法から抜け出したな……!」
ユアたちもそれぞれの武器を構えて、ネガロンスを睨み返すのであった。




