第111話「幸せな悪夢」
迷わせの森。
ディンフルが深い眠りに就く横で、ユアはひたすら声を掛け続けていた。
「ディン様、起きて!」
その時、彼女の後ろからネガロンスが召喚したアンデッドが襲い掛かった。
だが、寸前のところでフィトラグスが間に入り、剣で斬ったため大事には至らなかった。
「ディンフル、まだ起きないのか?」
「うん。こうなったら、前にサーヴラスがやってたやつで起こしてみようかな?」
ユアは思い返していた。
前にディンフルがイポンダートの魔法で眠らされた時、サーヴラスは起こすために相手の両頬を引っ張ったり、ビンタしたり、耳に息を吹きかけたり、しまいにはまぶたと唇に洗濯バサミを挟んで勢いよく引っ張るなどの拷問に似た行為をしていた。
フィトラグスの顔が「本気か……?」と言わんばかりに青ざめた。
「ムダよ」ネガロンスの冷たい声が響く。
「ディンフルだけ魔力を多めに注いでるの。あなたたちは自力で起き上がれたけど、彼は無理よ。一番幸せだった頃の夢を見ているんだから」
戦っていたオプダットとティミレッジも動きを止めた。
ユアとフィトラグスも「一番幸せだった頃」と聞き、ディンフルが話してくれた過去を思い出していた。
彼は、ウィムーダを人間に殺されたことをきっかけに魔王になった。それほど、彼女との思い出が今もディンフルの中で輝いているのだ。
その頃の夢を見せられていては、彼が目覚めたくないことにも納得がいった。
「わかる? あなたたちは、ディンフルの幸せな時間を奪おうとしているのよ」
「幸せな時間を、奪う……?」
ネガロンスに解説され、ユアの心が揺らぎ始めた。
「気にするな、ユア! 幸せな時間はその人が作り出した幻だ! そんなもの、本当の幸せじゃない!」フィトラグスが怒鳴った。
「そうだ! ディンフルは今、新しい幸せに向かって生きているんだ! それを邪魔する権利は、ヴィへイトル一味にない!」続けてオプダットも言った。
「あなたたちはディンフルさんにいなくなって欲しいから、幻を見せたり眠らせているんですよね? 僕たちには彼が必要なんです!」ティミレッジも負けじと意見した。
「ええ、いなくなって欲しいわ。ヴィへイトル様がそう望んでいるんですもの。だから、私も手段を選ばないのよ」
「あなたたちのしていることは、悪いことなんだよ!」
最後にユアもネガロンスへ声を張り上げた。
「知っているわよ。私たちは物語の悪役なんだから、悪いことをして当然じゃない? ヴィへイトル様が望んでいるのなら、なおさら。ところで私に言い返すより、自分たちの心配をしたらどう?」
ネガロンスは開き直っていた。
さらに彼女に言われ、戦っていたフィトラグスたちはアンデッドがさっきよりも増えていることに気が付いた。
フィトラグスは剣を振り、オプダットは拳や蹴りで応戦し、ティミレッジはひたすら浄化技を使い続けた。それでもアンデッドは増え過ぎており、キリがなかった。
三人を見かねたユアも、チアーズ・ワンドを構え始めた。
「アステラス・ジャッジメント!!」
隕石と光の大きな魔法がアンデッドを大量に消し去った。
森の外に札を貼り終えたソールネムが駆けつけたのだ。
「間に合った……!」
新たな助っ人に、ネガロンスは怒りから歯を食いしばるのであった。
そんな彼女を横目に、ソールネムはティミレッジたちへ知らせた。
「間違いない……。行方不明になっていた女性は、その人よ!」
ユアたちが一斉にネガロンスを見つめた。
「あの人が……? 相手はヴィへイトル一味だぞ!」あまりに衝撃なので、オプダットは信じようとしない。
「何かしらがあって、ヴィへイトルの仲間になったのよ! 感じるわ。邪悪な気のその下に、別の人の気配が」
驚愕の事実を告げられ、ユアたちは言葉を失った。
当のネガロンスは正体をばらされたことが気に入らず、さらに怒りで顔を歪めていた。
「バカバカしい! やっておしまい!!」
金切り声で大量のアンデッドを召喚し、再び一行へ襲わせた。
フィトラグス、オプダットに加えてソールネムも黒魔法で応戦しながら、ユアとティミレッジへ指示を出した。
「ティミーはネガロンスを浄化して! あなたにしか出来ないわ! ユアはディンフルをお願い! まだ目覚めないんでしょ?!」
ユアは「わかった!」と返事をし、再びディンフルへ声を掛け始めた。
ティミレッジもソールネムの指示通り、ネガロンスへ向かって浄化技を繰り出した。
「リリーヴ・プリフィケーション・シャワー!」
「させないわよ!」ティミレッジの浄化技を、ネガロンスは手から出した黒色の魔法で食い止めるのであった。
◇
ディンフルはウィムーダと子供たちと、出来上がった夕食を一緒に食べていた。
彼女から話を聞いたのか、子供たちはディンフルが見た夢のことを聞いて来た。
「ねえ、ディン兄ちゃん! 夢のおはなし、もっと聞かせて!」
「ディン兄ちゃん、悪い魔王になったって本当?!」
「そして、ウィムーダ姉ちゃんじゃない人と旅に出たの?」
ディンフルは苦笑いをしながら、話をし始めた。
「はっきり言って良い夢じゃないぞ。ウィムーダ姉ちゃんは死ぬし、兄ちゃんも悪くて怖い魔王になるし、こんなお話聞いてたら、夜寝られなくなるぞ?」
「いいじゃん、聞かせてよ~!」
ディンフルはからかうように拒否するが、子供たちは好奇心いっぱいにせがんだ。
「悪いお話はイヤだから、別の人と旅に出たお話聞かせて!」
「ユアって人のお話、聞きたい!」
ユアの名前を出され、ディンフルは息をのんだ。
彼女に関してはたくさん話せそうだったが、夢の登場人物だと感じた途端、言葉が出なくなった。
「私も聞きたい!」
子供たちに混じって、ウィムーダまで催促した。
興味津々な彼女を見て子供たちは喜びの声を上げ、全員そろってディンフルを見つめた。
「そんな目で見つめられるとな……。わかった、話すよ」
ウィムーダと子供たちの顔が再びパァッと輝いたところで、ディンフルはゆっくりと話し始めた。
「ユアとは、フィーヴェじゃない別の世界で出会ったんだ。その頃のディン兄ちゃんは、魔王でな……」
「どうしてフィーヴェじゃない世界にいたのー?」
「静かに! これからお話するから!」一人の子供が質問すると、他の子供がたしなめた。
「兄ちゃんは、魔王を倒すために来た勇者と戦ってたんだ。そしたら急に竜巻が起こって、兄ちゃんたちは別の世界に飛ばされてしまったんだ」
竜巻が他の世界へ移動させたことに、子供たちから驚きの声が上がった。
「ユアと出会ったのはそのすぐ後だ。兄ちゃんが公園のベンチで目を覚ますと、おでこにハンカチを濡らして置いてくれてたんだ」
「優しいね、ユアって!」
「……そうだな」
ディンフルは何かを思い出したようで、一瞬黙ってから話し続けた。
「ユアは、兄ちゃんをすでに好きだった」
そこまで言うと子供たちから興奮の声が上がり、ウィムーダはムッとした顔になった。やきもち妬きなのだ。
「どうしてどうしてー?!」
「よくわからないが……ユアが住む世界では、兄ちゃんたちの戦いはゲームになっていてな、ユアは兄ちゃんに一目惚れしたみたいなんだ」
「一目惚れー?!」
十歳ほどの女児が顔を赤らめた。「一目惚れ」という言葉はすでに知っており、恋愛話を好むせいか一番熱狂していた。
「でもディン兄ちゃんは、こわ~い魔王なんでしょ? ユアから“一目惚れされました”って言われて、どうしたの?」
「その時、兄ちゃんも知らない世界に来て戸惑ってたから、“数少ない賛成者として許してやらんこともない”って言って、二人で行動することにしたんだ。ユアも別の世界から来た子だったからな」
子供たちは「へ~え!」と感心しながら聞き続けた。
「“許してやらんこともない”って、ディン兄ちゃんがそんな言い方したの?」
「魔王になりきってるね!」
魔王の時の口調をからかわれ、ディンフルは照れくさくなった。
ただ、話して聞かせながらずっと胸の中で何かがつっかえていた。ユアとの出会いは本当に夢だったのか、疑問に思い始めたのだ。




