第110話「幻からの脱出 後編」
病院。
上へ続く階段を見たオプダットは意を決し、一段抜かしで上がり始めた。
しかし体力はすぐに尽き、登り切ったところで倒れ、見かけた看護師とパールに介抱されるのであった。
「木登りと言い、何で無茶するんだよ?!」
「わ、悪い……。こんなに体力落ちてるなんて思わなかったから……」
すぐさま病室のベッドに運ばれたオプダットは、心配するパールに怒鳴られてしまった。
「入院してんだから落ちてるに決まってるだろ! もう、あまり無理しないでくれ。お前は俺の大事な友達なんだから!」
「ごめん……」
オプダットは彼の勢いに押され、謝るしか無かった。
それぐらいパールは心配してくれているのだ。
「お前に何かあると、クロウズだって……」
「クロウズは俺のこと、嫌ってたじゃん? 木登りのことで余計に……」
「いや、あいつもお前のこと心配してるよ。ああ見えてオプダットのこと、ダチって思ってるんだよ」
要は「素直じゃない」ということだった。それを聞いてオプダットは少し安心した。
木登りで心配を掛けただけでなくパールとの時間を奪ったことから、クロウズから嫌われ始めたことを知っていたからだ。
「でもさ……」
パールはトーンを落として切り出した。
「素直じゃない奴って、周りが誤解するからやめて欲しいよな。心配なら“心配してる”ってはっきり言えばいいじゃねぇか」
いつも明るいパールが愚痴をこぼした。
オプダットはそれに驚きながらも相手を励ました。
「まあまあ。世の中には、素直に言えない奴だっているんだから」
「それはわかってる。でも、クロウズは度が過ぎてる。フォローする俺の身にもなって欲しいぜ!」
「パール……?」
オプダットは絶句した。
普段、友達想いの彼がここまで友人を悪く言うのは珍しかったからだ。
「大体、何であいつが俺ばっかりに頼るのかわからねぇ。確かに俺はあいつに良い顔したかもしれないが、頼り過ぎだろ。わさわざこんな病人ばっかのとこ来なくても、学校にも友達いるんじゃねぇのかよ?」
「い、いないから、ここに来てんじゃないのか?」
「だったら、学校でも居場所作る努力してほしいぜ! 俺はあいつの世話係じゃねぇっつーの!」
パールは怒りが静まらず、ぼやき続けた。
「そもそも、何でこの俺が入院しなきゃいけないんだよ? 俺が何かしたか? 俺だってこんなとこに入院してなきゃ、今頃学校で勉強してもっとたくさんの友達作ったり、武闘家の鍛錬受けたりして人生順調だったんだよ! それなのにこんな狭い場所に閉じ込められて苦い薬を飲まされて、友人関係は限られるわで、最悪だぜ!」
相手がそこまで言い切ると、オプダットは勇気を出して声を上げた。
「お前、誰だ?」
パールは驚いた顔でオプダットを見つめた。
「は? 誰って、パールだけど……?」
「違う。お前はパールじゃない!」
「何言ってんだよ? 正真正銘のパールだよ!」
「本当のパールは、クロウズや友達を悪く言ったりしないし、入院していることにも不満を言わなかった!」
「何で不満じゃないんだよ? 入院してたら色々不自由するし、いいことねぇだろ?!」
「パールは生きてた時、言ってた。”今、入院してるけど、これって神様が”ちょっと休め”って言ってるだけだと思うんだ。悪いことばかりじゃないぜ。クロウズは毎日会いに来てくれるし、お前とも出会えたからさ。これも一つの鍛錬だから、入院する前より強くなってやる”って。パールは入院してたことも受け入れていたんだ!」
「バッカじゃねぇの? 何が鍛錬だ? 入院したのは、そういう運命だったんだろ! パールって奴も、生まれつき死ぬことが約束されてたんだろ?!」
「あっ!」
相手が言い終えると今度はオプダットが驚き、パールを指さした。
「今、“パールって奴も”って言ったな?! やっぱり、パールじゃないな!」
「しまった……!」
パールの姿をしていた者は形を変え、黒いモヤ状の人形になった。
ここで、オプダットは改めて理解するのであった。
「そもそも、おかしいと思ったんだ。死んだはずのパールや子供時代のクロウズがいるのは。俺だって元気になって武闘家やって、今を生きているんだ! こんなのに騙されるほど、バカじゃねぇ!!」
黒い人形は牙を剥いて襲い掛かってきた。
オプダットはいつの間にか大人の姿に戻り、人形へ向かって拳を向けた。
「リアン・エスペランサ・スパークル!!」
衝撃波と黄色い電撃を当てると、人形は断末魔のような声を上げ、消え去った。
同時にオプダットは白く強い光に包まれた。
◇
迷わせの森。
フィトラグスとオプダットは同時に目を覚ました。
「森……?」
「やっぱり、病院の中はウソだったんだな」
二人は先ほどいた光景が幻だと分かり、そろって安堵した。
「フィット! オープン!」
「ユア!!」
近くにいたユアも、目覚めた彼らを見て表情を輝かせた。
フィトラグスとオプダットも彼女を見て、いるべき場所に戻ったことを確信するのであった。
「よかった! 二人とも、目を覚まして!」
「目を覚ます……? てことは、寝てたのか?!」
「寝てる間に幻覚を見せられてたんだろ」
眠っていた意識がなかったオプダットへ、横からフィトラグスが説明した。
「お願い、ティミーを手伝ってあげて! アンデッドに囲まれて大変なの!」
「アンデッドってことは……?」
フィトラグスたちはティミレッジの方を見つめた。彼は次々と襲い掛かるアンデッドとひたすら戦い続けていた。
さらに、その向こうにはこちらを睨むネガロンスの姿もあった。彼女は、自力で目覚めた二人を当然面白く思わなかった。
「よし、任せておけ!」オプダットは意気揚々と拳を構えた。
「確か、ネガロンスは妖気を使って相手を弱らせてきたはずだ。気をつけて戦うんだ、ユア」
フィトラグスは、前の戦いを思い出しながら助言した。
ネガロンスと直接戦ったのは、ヴィへイトル一味と出会った日が最初で最後。
ビラーレル村で対峙した時は闇魔導士やダークティミーのこともあり相手が出来なかったので実質、今回が二回目である。
ところが、ユアは参戦出来なかった。
「ごめん。ディン様がまだ目を覚まさなくて……」
彼女の近くでは、ディンフルが眠っていた。
深い眠りについているのか、目覚める気配がなかった。
◇
人間と共用だった養護施設では、ディファートは年長のディンフルとウィムーダを中心に、自分たちで食事を用意しなければならなかった。
これはこれで楽しかった。疎外されたディファートたちで団結し、家族を築いているようなものだったからだ。
施設がある森の中。
野菜を洗っていたウィムーダがあることに気付き、手を止めた。
「ディン?」
正面で作業をするディンフルが、野菜を持ったまま放心状態になっていたのである。
「ディン!」
ウィムーダに大声で呼ばれ、ディンフルは我に返った。
「ウィムーダ? ど、どうした?」
「こっちのセリフだよ! さっきから手つかずじゃない!」
よく見ると、ウィムーダに洗われディンフルの元へ行っていた野菜が、すべて切られずに溜まっていた。
「す、すまない!」
「さっき言っていた夢の話、まだ気にしてるの?」
ディンフルは先ほど、ウィムーダへ打ち明けていた。
彼女が死に、自身が魔王になり、ユアという者たちと出会い、共に旅に出る夢を。
「あれは単なる夢でしょ? 気にすること無いんじゃない?」
「ああ……。でも、気になるんだ。夢なのに、妙に現実感があってな……」
「私は信じないよ。だってその夢、私が村の人たちに殺されて、ディンが魔王になって、知らない人たちと旅に出るんでしょ? 私はまだ死にたくないし、ディンは優しいから魔王になるなんてありえないよ。ましてや、ディンが他の人と旅に出るなんて……」
「も、もうこんな話はしない! 気を悪くさせて、すまなかった!」
ウィムーダがやきもちから悲しい表情を浮かべると、ディンフルは必死に謝って取り繕った。
「いいよ。きっと疲れてたから、そんな夢を見たんだよ。今日は私がするから、ディンはもう休んでよ」
ウィムーダは笑って許し、休みを勧めた。
「いや、疲れているわけじゃ……」
「いいから!」
ウィムーダは断るディンフルの横に立つと、包丁を持って野菜の皮を切り始めた。
すると……。
「いったぁ~!」始めた早々、彼女は指から血を流してしまった。
「ごめん。野菜だけは切ってくれる……?」
「本当にドジだな、お前は」
ウィムーダはドジな一面があり、手先を使う作業では毎回何かしらのミスをしていた。
懐かしい感覚を思い出したディンフルは笑いながら、包丁を手にして皮をむき始めた。
すると、彼はまた別のことを思い出した。
「そういえば、ユアも似たようなドジをしていたな」
「ユアって、夢に出て来た子?」
ディンフルが思わずユアの名をつぶやくと、ウィムーダが真っ先に聞き取った。
そこへ、十歳前後の子供が数人駆けて来た。
「ディン兄ちゃん、ウィムーダ姉ちゃん、お腹へった~!」
「ごはん、まだー?」
「ごめんね! まだ野菜も切ってないんだ」
「えぇーーー?!」
「ディン兄ちゃん、早く野菜切って~! ウィムーダ姉ちゃん、いつも失敗するから!」
ウィムーダのドジっぷりは子供たちも既知だったため、本人は言い返せずうなだれてしまった。
「わかった。でも、兄ちゃんと姉ちゃんに任せっきりだと、いつまで経ってもご飯は出来ないぞ。みんなも手伝ってくれないと」ディンフルは子供たちへ手伝いを催促した。
「え~?! お料理する元気なんてないよ!」
「そうか。じゃあ、お手伝いしなかった子はご飯抜きだ」
「それはもっとイヤー!」
「お手伝いするー!」
ただでさえ空腹に耐えられない子供たちは食事抜きはもっと考えたくないため、全員が料理の手伝いをし始めた。
それを見て、ディンフルはウィムーダと共に笑っていた。
同時に、こんな日がいつまでも続くことを祈るのであった。




