第109話「幻からの脱出 前編」
ユアは海岸にいた。
海はどれも似たような感じなので、どこなのかはわからなかった。
ただ一つ、つい先ほどまで森の中にいたことは覚えていた。
「何で海にいるの? みんなは?」
うろたえていると、背後に人の気配がした。
振り返ると、薄茶色のウェーブ掛かった長髪に黒いストールをマントのように羽織った色黒の男性がこちらを見ていた。
「エンヴィム?!」
エンヴィムは「イマジネーション・ストーリーⅣ」の登場人物で、イマストVのディンフルたちの先輩に当たるキャラだった。
そして、ユアが空想世界へ遊びに行った際に敵から彼女を庇い、亡くなってしまった。
エンヴィムはもういないものだとユアも理解していた。
しかし、久しぶりに眼前で見る相手が故人だと信じがたかった。なので、彼がもういないことを忘れ、思わず話し掛けてしまった。ユアは謝りながら涙を流した。
「エンヴィム、ごめんね。私のせいで……」
ところが、エンヴィムはこちらを見つめるだけで反応は無かった。
脳裏にはいつも彼の笑顔が残っていたが、相手はひたすら無表情だった。
ユアがつい彼の頬に触れた途端、エンヴィムは弾けるようにして消え、強烈な光を放った。
◇
音と光に驚き、目を覚ますユア。彼女は森の中で倒れていた。
すぐさま体を起こすと、アンデッドたちの攻撃を必死に防ぐティミレッジが見えた。
「ティミー!」
「ユアちゃん?!」
彼女の声を聞き、ティミレッジだけでなくネガロンスまで驚嘆の表情を浮かべた。
自身の術から驚異の速さで目覚めたユアに、開いた口が塞がらなかったのだ。
「私も手伝う!」
「待って。ここは僕に任せて、ユアちゃんはみんなを起こして!」
「みんな?」
「フィットもオープンも、ディンフルさんも眠っているんだ!」
ユアはチアーズ・ワンドを出す手を止めて辺りを見ると、フィトラグス、オプダット、ディンフルが地面で横になって眠っていた。
「でも、ティミーが……」
「僕なら大丈夫! 何度も浄化すれば、アンデットを消せるから! みんなをお願い!」
ティミレッジも心配だったが、ユアは仲間たちを早く起こして彼の力になろうと考えた。
今、眠っている三人を起こせるのは自分しかいなかったからだ。
「ディン様! フィット! オープン! 起きて!!」
大声で呼びかけるユア。
その様子を見たネガロンスは不敵に笑った。
「ムダよ。全員、私が見せた幻に溺れているの。あなたがどうして早めに目覚めたかはわからないけれど、私の魔法は甘くないのよ」
ユアは構わず三人へ呼び掛け、ティミレッジも浄化技でアンデッドを消し続けた。
◇
インベクル城。
両親、セスフィアと会食をするフィトラグス。
幸せだった頃に戻ったはずなのに、何かがおかしかった。
フィトラグスは先ほどまで迷わせの森でユアたちと探索をしていたが、いつの間にかインベクル王国に帰っていた。
さらに、亡くなったはずのセスフィアまでいたため、違和感が拭えなかった。
その違和感をいくら説明しても両親や兵士たちは「具合が悪いのか?」と心配し、セスフィア本人からも「私が遊びに来たのに、何でそんなこと言うの?」と不快に思われてしまった。
食事を終え、彼女と中庭を散歩した。
まだ信じられない様子のフィトラグスが、セスフィアはずっと気掛かりだった。
「大丈夫? 本当に具合が悪いんじゃない?」
「いや。ごめん、何か違和感がすごくてな……」
「ずっとそう言ってるけど、何が変なの?」
聞かれても答えようがなかった。
両親はいつも通りで、料理の味も中庭に咲く花の匂いも、セスフィアの声もすべて現実味があった。
フィトラグスは自分が求めていた世界に戻ったのだと思い込むしかなかった。
だが、何かが足りない。彼の心を満たす何かが……。
「調子が悪いなら、アティントス先生に診てもらいなさいよ。それで、今日はゆっくり休んで」
「ありがとう。……あ、そうだ!」
掛かりつけの名医の名を聞き、フィトラグスはあることを思い出した。
「アティントス先生と言えば、彼が診ている武闘家の仲間がいるんだが、そいつが面白くてな!」
仲間のオプダットを思い出したのだ。
フィトラグスは思い出す限りをセスフィアへ話して聞かせた。まるで、長年会えなかった空白を埋めるかのように。
ところが、聞かされた彼女はただ目を丸くするだけだった。
「ちょっと、話が見えないんだけど……。まず、フィトラグスに武闘家の知り合いなんていたの? インベクルに武闘家っていなかったはずだけど。それに、しょっちゅう言い間違えるほど頭が良くないの? そんな人と友達で大丈夫……?」
「えっ?」今度はフィトラグスが唖然とした。
「だって、フィトラグスは国を背負う王子でしょ? そんなふざけた人と付き合ってて、ダトリンド様は許してくれてるの?」
セスフィアに言われ、フィトラグスは言葉を失った。
確かにこういう時、生真面目な父なら「友人を選べ」と言うからだ。
今許されているのは、オプダットたちが国と世界を救うために一緒に戦った仲間だからだ。ティミレッジはともかく、教養が足りていないオプダットは友人として許してもらえなかったかもしれない。
国王の厳しさを知っているからこそ、目の前のセスフィアは交友関係に疑問を持ったのだ。
「そ、そうだよな。確かに許さないかもな……」
「生真面目だからね、ダトリンド様は」
セスフィアが笑ったところで、前方からダトリンドとクイームドがやって来た。
「そろそろ、お暇します。フィトラグスが本調子でないようなので」セスフィアが気遣いながら、帰城の意思を示した。
「やっぱり具合が悪いの、フィトラグス?」
「あまり、セスフィア様にご心配をお掛けするでないぞ」
母・クイームドも心配し始め、ダトリンドはいつものように厳しい言葉を掛けた。
フィトラグスも「申し訳ありません……」と謝るしかなかった。
「大丈夫よ、フィトラグス。いつでも都合を合わせて来るから、ゆっくり休んで」
セスフィアがまた労わってくれた。フィトラグスは、改めて彼女の優しさに感謝するのであった。
「本当にありがとう。今度来る時は万全にしておくし、何だったら来年の春にはノッティーにも会ってやってくれ」
フィトラグスが弟・ノティザの名前出した途端、三人が驚いた顔になった。
「ノッティー……とは?」
「どなたのことですか?」
ダトリンドとクイームドがそろって尋ねて来たので、今度はフィトラグスが目を見開いた。
両親である二人が知らないことこそ、違和感があったからだ。
「“どなた”って、俺の弟です……」
「お前は一人っ子だ。弟など、いないだろう。妙なことを言うのではない!」
フィトラグスが説明するが、ダトリンドに怒鳴られてしまった。
「そんな……。俺が十六の時に生まれた弟ですよ! 母上、覚えておりませんか?」
次に、腹を痛めて生んだクイームドへ話を振るも、やはり首を傾げられてしまった。
さらに……。
「”十六の時”って、フィトラグスは十四でしょ?」
続いて、セスフィアが苦笑いしながら言った。
彼女の発言にフィトラグスは耳を疑った。自身は今年の秋で二十三になるはずだ。思春期はとっくに終えていた。
ここでフィトラグスは気付いてしまった。
ノティザが生まれたのは、セスフィアが亡くなった後。
それなのに、婚約者である彼女は普通に生きている。セスフィアがいる時にまだ生まれていない弟の存在を知っていることが不自然に感じた。
今の自分に足りないものを見つけたのだ。
「……違う。ここは、俺がいるべき場所じゃない! 父上も母上も、セスフィアも、みんなニセモノだ!」
すべてに気付いた彼は、三人へ怒鳴りつけた。
「何を言っているのだ?! 先ほどから、セスフィア様に失礼だろう!」
「やっぱり、様子が変だわ。お医者様に診ていただかないと……」
「フィトラグス、大丈夫?」
それでも両親は普段と同じ口調、セスフィアは生前と同じようにフィトラグスを心配するのであった。
弟の存在を意識した彼は、もう三人の口車には乗せられなかった。
「黙れ! こんな幻、正義の炎で消し去ってやる!!」
先ほどまで無かったはずの剣が、フィトラグスの手の中に現れた。
「ルークス・ツォルン・バーニング!!」
剣が現れたことには疑問を抱かず、いつものように必殺技を使うと、辺りが赤い炎に包まれた。
すると、炎に包まれた三人はそれぞれの姿から黒いモヤのような人形へ変わっていった。
「やっぱり、俺を騙してたんだな……!」
黒い人形が燃えて消えてしまうと、フィトラグスの目の前が強い光に包まれるのであった。




