第108話「死霊使い」
燃え盛る森の中。
木々は炎に包まれており、目の前がオレンジ色に染まっていた。
「ここは、まさか……?」
ディンフルはその光景に見覚えがあった。
大切な人の埋葬を終えた後、自身の家が燃えていた時と同じだ。
そして、これを見たのは一度だけではない。新たな仲間と出会う前と出会った直後に、夢に出て来ていた。
「何故、またこのようなものを見ねばならぬ? もう二度と見たくないと言うのに……!」
悲痛に暮れた声を漏らしながら、目をつぶる。
次に目を開けた時には、燃え盛っていた炎はウソのように無くなり、今度は緑がうっそうとしていた。
先ほどまでいた迷わせの森とは違い、森の中に木漏れ日が優しく射していた。
「ど、どうなっている?」
前後を見回しても炎の痕跡は一つも無かった。
まるで、初めから燃えていなかったかのように穏やかな風に吹かれていた。
「ディン!」
若い女性の声に呼び止められ、振り向いた。
するとそこには、迷わせの森の中で見た濃いピンク色の髪を三つ編みにした女性が立っていた。
「ウィムーダ……?!」
先ほど見た時は何も話さず立っているだけだった彼女だが、今度は明らかに言葉を発していた。こちらに笑みも浮かべていた。
ディンフルが呆然と立ち尽くしていると、ウィムーダがイタズラっぽく笑った。
「どうしたの、変な顔して?」
「“どうした”って……、お前こそ何で……?」
「“何で”って何が?」彼女は、今度はきょとんとした。
「だってお前、村人からリンチされて死んだだろう? 何でいるんだ? ……もしや、幻覚か?!」
「ち、ちょっとディン、落ち着いて! 村人からリンチ? 死ぬ? 私が?」
ウィムーダはディンフルを落ち着かせながらも、自身もあたふたとし始めた。
彼の言うことが信じられないのだ。
「私はこうして生きてるし、村人さんたちから暴力も振るわれてないよ?」
「でも……!」
「もしかして、夢でも見たの?」
遮るウィムーダに言われ、ディンフルはハッとした。
だが、すぐに我に返った。ウィムーダが死んだことや自身が魔王になったこと、ユアたちと出会ったことすべてが夢だと思ったが、これはヴィへイトル一味が惑わすために作った幻覚だと考え直したからだ。
「違う……。お前はウィムーダじゃない! ヴィへイトルが作った幻だ! ウィムーダは死んだのだ!」
「ディン……?」
「私は騙されぬぞ!!」
大剣を出そうとするが、よく見るとディンフルはいつものナポレオンジャケットにマントの姿ではなかった。
髪は一つ結び、灰色のシャツに麻のパンツという魔王らしくない格好をしていた。魔法も使えず、大剣も出せなかった。
「これは、昔の姿……?」
ディンフルが戸惑っていると、ウィムーダの方から抱きついてきた。
「相当疲れてるのね? 今日はもうゆっくり休んで。ディンに何かあったら、私も辛いから……」
ディンフルは思い出していた。
漂う香りは生前のウィムーダとまったく一緒……いや、ウィムーダそのものだった。
彼女の香りや感触を思い出した彼の目から、大粒の涙が溢れて来た。
「ディン! 本当に大丈夫?!」
嗚咽を漏らしながら泣き出すディンフルを、ウィムーダが優しく抱きしめた。
彼はこれがヴィへイトル一味が作った幻だと思えなくなった。目の前にいるのは、亡くなったはずの恋人・ウィムーダ本人だった。
同時に考えを変えることにした。
ウィムーダが死んだのも、自身が魔王になったのも、ユアという者たちと出会ったことこそ、すべて夢だったのだと……。
◇
迷わせの森。
モヤを吸い、倒れたユアたちの元にネガロンスが姿を現した。
「いい具合に眠っているわね。ディンフルだけ魔力を多くして正解だったわ。彼だけ、すぐに幻と見抜いて抵抗しそうだもの」
ディンフルたちが亡き者に出会っているのは、ネクロマンサーによる彼女の力のせいだった。
特にディンフルは警戒されており、魔力が他の者より多く注がれていた。案の定、彼は夢の中で見抜いていた。
「あとは悪霊たちが、あの世に連れて行ってくれるのを待つだけね」
ネガロンスは近くの切り株に腰を掛け、手に顎を乗せながら見物し始めた。
「やっぱり、あなたの仕業か!」
声が聞こえ、ネガロンスは目を見開き、辺りを見回した。
杖を構えたティミレッジがこちらを睨みつけていた。
「どうやら、浄化技で何とかしたみたいね? それに加えて、亡くなった人に未練がないとか?」
「過去に祖父母を亡くしたが、どちらも大往生だった。死に目にも会えたし、最期に言葉をかわすことも出来た。だから、未練はない!」
「そう……。お孫さんとしては満点ね。私からすると赤点だけど!!」
ネガロンスは最後に怒鳴りつけると、黒いモヤと青紫色の魔法弾を撃って来た。
ティミレッジがすかさずバリアを張ると、モヤと魔法弾が消滅した。
続いて、ネガロンスが黒いモヤを地面にふりまくと、土で出来た人型が次々と姿を現した。
「言っておくけど、闇魔導士の助手とは違うわよ」
彼女の言うように、人型はダーケストが召喚するダーカーの無感情とは違い、様々な喜怒哀楽を表しながら襲って来た。
怒って牙を剥く者や号泣のような雄叫びを上げる者、笑いながら襲って来る者など。
ティミレッジはそれらすべてが、ネガロンスによって作られたアンデッドだとすぐに理解した。
「リリーヴ・プリフィケーション・シャワー!!」
ジュエルで強化された浄化技で、アンデッドたちはあっという間に消え去った。
「やっぱり、レベルが低いとすぐに浄化されちゃうわね。それじゃあ……」
続いてネガロンスが新たなアンデッドを呼び出した。
それらもティミレッジは浄化技を使って倒そうとした。
ところが今度のアンデッドには効かず、浄化の光を浴びてもティミレッジへ向かって襲い掛かって来た。
「そんな……?!」
「そちらがジュエルでレベルを上げているものだから、こちらも上げさせてもらったわ。ヴィヘイトル様を喜ばせるためなら、たやすいからね」
言いながらネガロンスは次々とアンデッドを召喚していった。
ティミレッジの周囲が囲まれ始めた。それでも、続けて浄化技を浴びせているとアンデッドは消えて行った。先ほどより回数を増やさないと倒せなくなっていたのだ。
ティミレッジが浄化技を使っている間、ネガロンスはどんどんアンデッドを呼び出した。
浄化技と召喚の数が比例しないため、アンデッドは増える一方だった。
ユアたち四人は目覚める気配がない。
ティミレッジは、普段は攻撃専門ではないが、今は一人で戦わなければならなかった。




