第106話「迷わせの森」
インベクル王国。
逮捕されたレジメルスとアジュシーラの身体検査が行われていた。
ネガロンスからもらった石の力が、体内に残っていたからだ。少しずつ消えてはいるが、それは医者や魔導士たちにとっては興味深い力だった。
今日は名医アティントスと黒魔導士ソールネムが検査に立ち会っていた。
「うん。今のところ、異常はないよ」
「残っている力も前より弱くなっているから、そのうち消えると思うわ」
アティントスは聴診器を、ソールネムは水晶玉をしまいながら結果を報告した。
「ねえ。あの石って、何なのかわかる?」
アジュシーラが興味を持って尋ねた。
ネガロンスから「命と引き換えに強化出来る」としか言われなかったため、レジメルスと共に詳細はわからなかった。
「残念だけど、その石を見ていないから何とも言えないわ。逆に私たちが聞きたいぐらいよ」
「あなたは魔導士だろう? 何か属性みたいなのは感じないの?」
今度はレジメルスが尋ねた。
「属性ねぇ……。近いと言ったら、“闇”かしら?」
ソールネムが天井を見上げながら答えると、アジュシーラが「闇?!」と声を上げた。
「ええ。実は闇魔法は一部の魔導士にしか使われていない力で、それに関する資料も無いから私たちも頭を悩ませているのよ」
闇魔法と言えば、真っ先に闇魔導士ドーネクトの顔が浮かぶソールネムとアジュシーラ。
やはり謎の石も含めて、もう少し調査の必要を感じるのであった。
◇
インベクル王国の客室。
検査の結果は、ソールネムからユアたち五人へと伝えられた。
「ヴィへイトルは目的のためなら手段を選ばぬ。その石とやらも、何らかの手で入手したに違いない」
ディンフルはいち早く推測した。
自身の兄だからこそ、やり方が容易に想像出来たのだ。
「あの……」皆が頷く中、ティミレッジが控えめに申し出た。
「僕、思い出したんですけど、闇魔導士が言ってました。“石を探してる”って……」
「ドーネクトが?」
ソールネムが訝しげに尋ねた。
石からも闇属性が感じられたため、「やっぱり」と思ったのだ。
「はい。でも、それ以上は聞けませんでした。僕もあの後、闇堕ちさせられたので……」
この時、謎の石とドーネクトらが本当に関係あるかは確認出来なかった。
もし会う機会があれば聞いてみたいと思ったが、ティミレッジから魔法陣が消えた今、彼らからやって来ることはもう無さそうだった。
◇
翌日、五人は依頼された場所で邪龍と戦っていた。今日はひときわ、数が多かった。
なので攻撃を避ける際は皆、身軽にかわしていた。新たにトウソウをもらったティミレッジですら、アクロバティックな動きで避けていた。
「よし、私も!」
身軽な動きに憧れていたユアが、邪龍の炎が飛んできた際に思い切ってバク転をしながら避けてみた。
ところが失敗し、頭を思い切り地面にぶつけた後、顔から転んでしまった。
「いった~い!」
その間に、別の邪龍が牙を剥いてユアへ襲い掛かった。
すかさず、ディンフルが大剣で斬ってくれたおかげで難を逃れた。
「あ、ありがと……」頭や顔についた草や泥を払い落としながら、ユアが礼を言った。
「何故、顔から転んだ? そこまでドジとは思わなかったぞ……」
ディンフルに呆れられ、ユアは「うっ……」とうなった。身軽に動ける者からすると、ユアの挑戦はドジに映ったのであった。
ただのドジと思われたくないため、彼女は事情を説明した。
「な、なるほど……。ティミレッジが身軽になったために、お前も真似してかわそうとしたのか……」
ディンフルは納得してくれたようだが、どうも様子がおかしい。
顔はうつむき表情は見えなかったが、何故か肩が小刻みに震えていた。声も震えているように聞こえた。
「む、無理はするな……。でないと……今みたいに、ケガをするぞ……」
「ディン様、もしかして笑ってる?」
気になったユアが思わず威圧しながら聞いてみた。
ディンフルは「そんなわけなかろう!」とうつむいたまま答えると、くるりと彼女へ背を向けた。
そして、そのまま新たに襲って来た邪龍へ大剣を向け、戦闘を再開した。
「絶対、笑ってるじゃんっ!」
「まあまあ! ディンフルからすると、必死に動くユアが可愛く見えたんだよ!」
オプダットが明るい調子でユアを励ました。
「か、可愛く……?! 私は本気なのにっ!」
「わかってるよ。でも、本当に無理はするな。ひょっとしたら、じいさんがくれた力と、みんなが会って来たばあさんがくれた力は別物かもしれないからな」
フィトラグスが推測した。「みんなが会って来た」と言うのは、彼だけエプンジークのところに行っていなかったのだ。
続いて、ティミレッジもフォローした。
「フィットの言う通りだよ。僕は身軽に動けるようになったけど、ユアちゃんは違うところが強化されているのかも?」
「そうかなあ……?」
ユアは体育の成績も良くなく、アクロバティックな動きは夢のまた夢だと思い、生きて来た。
それが出来ると思い込んでいたが、やはり無縁だと思い知り、肩を落とすのであった。
しかし、フィトラグスやティミレッジが言うように、トウソウには種類があってユアのは身軽に動ける力は備わっていないのかもしれない。
もしそうならば、納得するしかなかった。ユアは仕方なく、現実を受け止めるのであった。
一行が邪龍を倒していると、近くにうっそうとした森を見つけた。
その森は、暗い色の草木が覆い尽くすように伸びており、昼間でも暗く感じた。外から見ても、まるで「暗黒の森」のように見えた。
「うわ~、ここ嫌な場所だ……」
オプダットが顔を歪ませた。
ユアも「確か……」と言いながら、イマストVの攻略本を手に取った。
「“迷わせの森”ってエリアだよね? ネットによると、敵が一気に強くなったらしいね? 厄介な手を使うのもいるし、森の仕掛けも難しいからって挫折する人が多いそうだよ」
「リアリティアの人はいいよな、別世界から俺らを動かすだけで。こっちは実際に歩いて戦ったんだぞ……」
フィトラグスも良い顔をせず、ティミレッジも苦笑いしていたので、パーティにとってもトラウマとなっているようだ。
「それほど難解なのか? なら、レベル上げにちょうど良さそうだ」
そんな彼らの苦悩も知らずに、ディンフルは涼しい顔をしながら提案した。
フィトラグスが、彼を思いきり睨みつけた。
「あんたもいいよなあ? 玉座に座りながら、俺ら主役が行くのを待つだけだったんだからよ!」
「こ、こちらも、好きでラスボスになったわけではない!」ディンフルが焦り始めた。
「おまけに、俺らが旅に出るきっかけ作ったのもあんただしな!」
「何故、そこまでさかのぼる?!」
ディンフルとフィトラグスの言い合いが始まりそうになったので、ユアたち三人が「まあまあ、まあまあ!」と慌てて諫めた。
トラウマ級エリアの近くなので、仲間割れしている場合では無かったのだ。
しかし、ディンフルの言うようにレベル上げには最適である。そして、森の中にも邪龍がいる可能性もあった。
それを考えると行くべきなのか迷ったが、一度ラスボスから世界を奪還しているので裏面仕様……つまりフィーヴェは今、ザコ敵を含めて強くなっていた。なので、森の敵も強くなっている事態も考えられた。
「僕らには、ディンフルさんもいるから大丈夫だよ」
「そうそう! ディンフルがいるからな!」
最初にティミレッジが言うと、オプダットも思い出したかのように目を輝かせた。
二人の反応に対してディンフルが眉をひそめた。
「あまり、私を当てにしないでいただこう……」
その時、森の奥から人影が出て来た。
黒魔導士のソールネムだった。
「ソールネムさん?!」ティミレッジが驚きながら彼女の名を呼んだ。
「あなたたち! どうして、ここに?」
「邪龍を倒して行ってたら、たまたま着いたんです。ソールネムさんは?」
「依頼を受けたのよ。この迷わせの森で、半年ほど前に行方不明になった女性を探して欲しいって」
ソールネムから依頼の内容を聞いて、一同はきょとんとした。
フィトラグス一行が森に来たのは数ヶ月前。その時は女性が行方不明になった話は聞かされていなかった。
そして、半年前からいないのに今頃捜索の依頼が来たことに「今さら?」と感じるのであった。
「近くの町の人が捜索したんだけど、見つからないからって打ち切ったのよ。でも最近、その女性に似た人がこの近くで目撃されたみたいなの」
「その女の人が生きてるってこと?」
ソールネムの事情を聞き、ユアが尋ねた。
「おそらく。森には木の実や水があるし、避難出来る洞窟もあるから、そこにいるのかもしれないわ」
「でも僕らが行った時、そんな人はいませんでしたよね?」
「ええ。私も行方不明の話を聞いたのは初めてよ。エリアの都合上、行けてない場所もあるのかもしれないわ」
するとここで、フィトラグスとオプダットが気を引き締めた。
「なら、俺たちの出番だな!」
「こういうところに、英雄は付き物だろ!」
二人の気合いの入れ方に嫌な予感がするディンフル。
思わず、オプダットが初めて「英雄」を「栄養」と言い間違えなかったことにも気が付かなかった。
そしてやはり予感は的中し、フィトラグス一行も女性探しに協力することになった。迷わせの森は表面でも危険なエリアなので、ソールネム一人に行かせたくなかったのだ。
だが彼女はたった今、森から出て来たばかり。引き返したのには理由があった。
「森の中なんだけど、前にユアが言っていたように裏面仕様とやらになっているのよ。だから、外からジェムで囲って、中の敵を一気に弱らせようとしていたの」
ソールネムは革袋から色とりどりの七つのジェムを見せてくれた。今回は一つずつが掌サイズをしていた。
ティミレッジはそのジェムに苦い思い出があった。
以前ビラーレルの魔導士たちは、ディンフルと生き残ったすべてのディファートを殺すためにジェムを作り上げていた。
それよりも前に、彼と出会っていたティミレッジは「もう一度ディンフルと会って話したい」とジェムの一つを叩き壊してしまい、儀式を中断させていた。ティミレッジにはその罪悪感がまだ心にあったのだ。
思い出し表情を曇らせる彼の肩に、ディンフルが「もう大丈夫だ」と言わんばかりに優しく手を置いた。
今回は、迷わせの森を進みやすくするというポジティブな要素に使われる。
ソールネムは一行をその場に待たせて、森の外側へジェムを設置しに行くのであった。




