第105話「大魔王の命令」
インベクル留置所。
フィトラグスが鍵を開け、部屋へ入った。
「今日からここに、もう一人入ることになった」
室内のレジメルスは二つの意味で目を丸くした。
まず一つは、看守ではなくフィトラグスが来たことだ。犯罪者相手には必ず看守も来るものと思っていた。が、王子自らが一人で来ると言うことは「只事ではない」と想定するのであった。
もう一つは、この部屋にもう一人入ることだ。来るとしたら自身と同じく罪を犯した者に違いないが、誰が来るのか想像がつかなかった。
フィトラグスの合図でアジュシーラが部屋に入って来た。
「お前……?!」同じ組織の仲間が来たため、レジメルスは思わず驚きの声を上げた。
「彼も一味から追放されたみたいなんだ。仲良くしてやってくれ」
フィトラグスはそう言いながら、アジュシーラの背中をポンと押した。
説明はそれだけで「くれぐれも、脱走は考えないように」とイタズラっぽく笑って部屋を出て行ってしまった。信頼して、あとは彼らに託したのだった。
ドアが閉まり、完全に二人きりになった。
しばらく気まずい空気が流れたが、最初に口を開いたのはアジュシーラだった。
「あ、あの……」
床に視線を落としていたレジメルスが相手を見つめた。
彼からすると、アジュシーラは一味追放のきっかけとなった人物だ。
「ごめんなさい!」
アジュシーラは頭を下げ、大声で謝った。
レジメルスはまた驚いて目を見開いた。普段生意気だった相手が、声を大にして謝ることは今までに無かったからだ。
「オイラが、ヴィへイトル様に話したせいで追放されたでしょ? 最初は“ざまあみろ”って思ってた。だけどレジーがいなくなっても、誰も気に掛けなかった。それで、みんながもっと怖くなったんだ。オイラも命と引き換えに強くなる石を渡されたし、ネガロンスさんからも見捨てられたし、レジーの気持ちがわかったんだ……」
レジメルスは黙ってアジュシーラの話を聞き続けた。
「“過去のことを話すな”って言われてたのに、話してしまって本当にごめん!」
最後にアジュシーラは再び頭を深く下げた。心からの謝罪だった。
「僕こそ、ごめん」
静かに返ってきた言葉にアジュシーラは頭を上げ、きょとんとした。
「僕も年下相手に脅したし腹を殴ったんだから、シーラが怒るのも無理ないよ。本当にごめんね……」
レジメルスからも謝罪の言葉を述べ、座ったまま頭を下げた。
「い、いやいや! オイラが悪いよ! だって、レジーの人生奪うとこだったんだから……!」
「僕の方が年上なのに、大人げないことしたから」
「それは、オイラがガマンすれば良かったことだから!」
「気を遣うな。子供らしくない」
「子供じゃないっ!」
言い合いの末にアジュシーラが元の調子に戻ると、レジメルスの目元が緩み「フフッ」と声が漏れた。マスクをしているので口元は見えないが、笑っているように見えた。
それを見たアジュシーラも、お互いの緊張が晴れたからか安堵の表情を浮かべるのであった。
◇
アジュシーラが逮捕された数日後。
北の古城の部屋では、クルエグムが息を荒く吐きながら、剣で何かを斬り刻んでいた。
「ずいぶんと荒れているじゃない?」
物音を聞きつけたネガロンスが部屋に入って来た。
ドアを開けると部屋中に綿が舞い、中央には斬り刻まれた布団とベッドの残骸があった。舞っている綿は斬られた布団から出たものである。
ネガロンスは思わず手で鼻を覆った。綿を吸わないためだった。
「これは、ベッド……?」
「あいつらのだよ!」
クルエグムは荒々しく答えた。
ここで言う「あいつら」とは、レジメルスとアジュシーラのことだった。
「ヴィへイトル様を裏切りやがって……!」
「二人はインベクルに逮捕されたのよ。別に裏切ってなんか……」
「レジメルスは人間に育てられたことを隠して、アジュシーラは人間のガキと仲良くなったんだろ?! 裏切ったも同然じゃねぇか!」
怒りが収まらないクルエグムは八つ当たりするように、ネガロンスへ言葉をぶつけた。
彼女も二人の行動は問題と思っているためか、「そうね……」と冷たく返事をした。
「でも、ヴィへイトル様にはちょうど良かったんじゃない? 人間と関わった部下を従え続けるよりも、早めに切り捨てられたんだから」
「こっちの人数が減ったじゃねぇかよ! 向こうは五人だし、ジュエルの力もあるから完全に不利じゃねぇか!」
「今から決めつけない方がいいんじゃない? ヴィへイトル様お一人でも、充分強いんだから……」
「わかったこと言うなよ、ババア!!」
苛立ったクルエグムは吐き捨てた。
ネガロンスはダークティミーに同じ暴言を言われたことを思い出し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
そして、このまま話しても埒が明かないと思い、黙って部屋から出て行くのであった。
「若ければ若いほど困ったものね。エグ君と言い、アジュシーラと言い……」
うんざりしながらもネガロンスは青紫色の石を手にしていた。
それはレジメルスとアジュシーラにも渡したもので、二人はその石で命と引き換えに強力になっていた。
元々これは、クルエグムが拾った闇魔導士の石だ。それに妖気を浴びせ巨大化したものを、ネガロンスが削ったものだった。
「ヴィへイトル様を敬うのはいいけれど、私も仲間だってことは忘れないで欲しかったわね」
敢えて過去形で話すネガロンスは、クルエグムがいる部屋のドアを睨みつけた。
「何をしている?」
突然呼び止められ、ネガロンスは我に返って振り向いた。
視線の先にはヴィへイトルが立っていた。
「ヴィへイトル様?! ど、どうかされたのですか……?」
「お前に用があって来た」
「わ、わたくしにですか……?」
「お前も知っていると思うが、レジメルスとアジュシーラが抜け、戦力が少なくなってしまった」
この二週間、ヴィへイトル側からいなくなった部下の話をしたことはなかった。
今ようやくその話が出たため、ネガロンスは覚悟を決めて話を聞き続けた。
部下がいなくなるのは、組織にとってはマイナスである。そのため、彼が苛立っていると思ったのだ。
「次はお前が行ってほしい」
「はい?」
ネガロンスは思わず声が裏返った。
三人衆のうち二人が順番に出撃したため、次はクルエグムの番だと思った。まさか、自身が指名されるとは思わなかったのだ。
「わ、わたくし、ですか……?」
「クルエグムに行かせても良かったが、ここまで奴らが強くなっているとは思わなかった。お前が行って、奴らの息の根を止めて欲しい。特に、ディンフルはしぶとい。生かしておくと厄介だ。お前を信じている」
ネガロンスは思い出していた。
クルエグムが単身でリトゥレへ向かった際、一行に圧倒された。
ディンフルだけでなく、ジュエルを手にしたフィトラグスたちもクルエグムへ簡単にダメージを与えていたのだ。
いくら、ヴィへイトルの力を得た彼でも、ジュエルの力に敵わないと睨んだのだろう。だから彼の次に強い自身が指名されたと考え、ネガロンスは心から了承した。
「かしこまりました。ディンフルたちはわたくしが必ず倒して参ります。同時に、さらわれたレジメルスとアジュシーラのことも……」
「あの二人はけっこうだ」
抜けた二人の名を出した途端、ヴィへイトルは低い声で遮った。
「あいつらは人間に関わった裏切り者だ。もし見掛けても、奴らと同様に殺してもらって構わん」
ヴィへイトルの意見にネガロンスは息をのんだ。
だが自身に反論する権利は無いため、「かしこまりました……」と消え入るような声で返事をするしかないのであった。




