第103話「涙の解放」
工場前の大草原。ディンフルの魔法で五人は外に出られた。
だが、そのタイミングで工場は崩れ落ち、瓦礫の山と化してしまった。
「ノッティーは?!」
フィトラグスが囚われた弟が心配になった。
ノティザはアジュシーラの後ろの球体に入ったままで、救出には行けなかった。巻き込まれたと思い、彼は戦慄した。
「安心しろ」
穏やかに言うディンフルの腕の中にはノティザが眠っていた。いつの間にか球体から出し、共に外へ連れ出してくれたのだ。
フィトラグスはノティザを奪い取ると、幼い弟を強く抱きしめた。
「よかった……!」
さらにノティザを抱いたまま、「ありがとう……」と声にならない声でディンフルへ礼を言うのであった。
喜びも束の間、同じくディンフルの魔法で外に出たアジュシーラが咆哮を上げた。キマイラ化はまだ解けていなかった。
「あの子を何とかしないと!」
ユアが助ける意思を固めたところで、眠っていたノティザがようやく目を覚ました。
「こ、ここは……?」
「ノッティー! 気がついたか!」
「おにいちゃん?! どうして、ここにいるの?」
島で再会した時は喜びを表していたノティザだが、今日は驚いていた。
別れ際、「来年の春まで会えない」と言われたばかりなので、こんなに早く兄と再会出来るとは思わなかったからだ。
だが再会を喜ぶ間もなく、アジュシーラは一行へ攻撃を仕掛けて来た。
鋭い爪で地面は抉れ、シッポの先端にある口は再び炎を吐き、一行の周囲を炎の海と化させた。
ティミレッジが相手の動きを遅くする白魔法を使うが、暴走したアジュシーラにはやはり効かない。
オプダットとディンフルの必殺技も、ユアのビームもかき消されてしまった。
フィトラグスはノティザを抱いたまま、攻撃を避け続けた。参戦したかったが、弟を一人にするわけにいかなかったのだ。
その時、敵の姿を見たノティザが思い出したように声を上げた。
「オイラちゃん……?」
幼き王子の声を聞き、アジュシーラの動きが止まった。
ノティザはフィトラグスから降りると、真っ先に相手へ向かって行った。
「ノッティー、行くな!」
弟の腕をつかんで引き止めるフィトラグス。
ノティザは兄に止められると、その場からアジュシーラへ向かって叫んだ。
「やっぱり、オイラちゃんだよね?! すっごい姿だね! ぼく、しってる! それ、キマイラって言うんでしょ?」
ノティザは明るく話しかけた。
普通なら今のアジュシーラを恐れるものだが、その素振りがなかった。
恐怖よりも、相手が別の姿でいることの珍しさが勝っているのだろう。
一方でアジュシーラは、息をゼエゼエと吐きながらもノティザを睨みつけていた。
動きが止まったのは体力が残り少なくなって来たからで、相手が仲良くなったばかりの友とは気付いていなかった。
アジュシーラが口を大きく開けて威嚇すると、口内に生えた細長く尖った歯が露わになった。
ノティザが襲われると思ったフィトラグスが、すかさず弟を背にして立った。
だがアジュシーラは襲って来ず、頭を抱えながら苦しみ始めた。
「くるしいの?」
ノティザは、今度は心配して声を掛けた。
相手は答えられず、ひたすら苦しそうな呻き声を上げていた。命の終わりが近いのか、襲って来る元気も残っていないようだ。
「おにいちゃん、オイラちゃんを助けてあげて!」ふいにノティザは自分の前に立つ兄へ訴えた。
「ちょーりゅーを倒したおにいちゃんたちなら、助けられるでしょ?」次にユアたちを見回しながら、同じように呼び掛けた。
ノティザにとっても、アジュシーラは大切な友達だった。弟の必死な眼差しを見て、フィトラグスは「オイラちゃんは悪い子だ」などとは言えなかった。現に相手も今は苦しんでいる。
(私たちもあの子を助けたいよ。でも、どうしたらいいの? このまま放っておいたら間違いなく死んでしまう。三人衆の中では一番若いし、ここで死なせたら可哀想だよ……)
ユアもアジュシーラに同情せざるを得なかった。
その時、チアーズ・ワンドのペン先が赤く光り出した。
光はチアーズ・ワンドを飛び出し、フィトラグスの剣の鍔にあるジュエルへ注がれていった。
「俺の時と一緒だ! 今度はフィットの剣に入ったぞ!」
「なるほど。チアーズ・ワンドはジュエルと共鳴するのだな!」
オプダットはあっけに取られ、ディンフルは光とジュエルの仕組みを理解するのであった。
チアーズ・ワンドから光を得た剣はジュエルの力でより輝き、刃の部分が赤い光に包まれた。
フィトラグスは剣を握り直し、アジュシーラへ斬り掛かって行った。
「ストライク・ルークス・ツォルン!!」
白い光と、新たに出た赤い光の二層がアジュシーラへまっすぐ直撃した。
すると、彼の体内に入っていた青紫色の石が体外へ飛び出ては、粉々に砕け散った。アジュシーラの体から黒と青紫色の光が抜け、獅子のような体もヘビのようなシッポも消え、ライオンのたてがみのようだった髪も元の天然パーマに戻り、彼は人の姿に戻ったのであった。
「オイラちゃーん!」
力が抜け、倒れるアジュシーラへノティザが駆け寄った。
しかし、相手は幼い王子の手を振り払った。
「ごめん……。もう、君とは遊べない。見ただろ? オイラはバケモノだ。人間を恨む、怖いディファートなんだよ」
アジュシーラは白目が戻った申し訳なさげな目で拒否した。
ノティザはきょとんとしながら、相手を見つめ続けた。
「それと……君、インベクルの王子なんでしょ? オイラは、君のお兄ちゃんの敵だ。そのお兄ちゃんと仲間たちを傷付けて来たんだ。だから、もうオイラと仲良くしない方がいい」
「なんで、なかよくしないの?」
ノティザは拒まれても、アジュシーラを怖れなかった。
「“何で”って……、オイラと君たちは、敵同士だからだよ!」
「でも、オイラちゃんはハシゴから落ちたぼくを助けてくれたよね? ぼくが“しゅぎょーに行きたくない”って言ったらテレポートして、いっしょに逃げてくれたよね? ぼく、オイラちゃんとおともだちになれて、うれしかったんだよ!」
「は……?」
今度はアジュシーラが目を丸くした。
「怖いディファート」だと伝えても、幼い王子は前に見せた笑顔で受け入れ続けてくれた。
「ケンカしたらあやまって、なかなおりしなきゃダメだよ! ぼく、おにいちゃんたちとオイラちゃんには、おともだちになってもらいたいんだ!」
ノティザがさらに満面の笑みを浮かべながら言うと、アジュシーラの目から次々と大粒の涙が溢れ出た。
しまいには、これでもかと言うほどの声量で号泣するのであった。




