第102話「暴走 再び」
まるでキマイラと化したアジュシーラは咆哮を上げると、いきなりフィトラグスへ覆い被さっていった。
あまりの巨体にフィトラグスも逃げ切れず、仰向けに倒れてしまう。その状態で腕を伸ばし、獅子のような体に潰されまいと抵抗するのであった。敵の体は重さがあったため、長くはもちそうになかった。
一方、動きを止められていたオプダットは自身の必殺技「リアン・エスペランサ・スパークル」で、相手に掛けられた電撃を解いていた。
ティミレッジも浄化技「リリーヴ・プリフィケーション・シャワー」で周囲の炎を消し、外へ出られるようになった。
ユアもチアーズ・ワンドのビームでツタを切って自由になれた。ディンフルの大剣では切れなかったが、チアーズ・ワンドの特別な力は効くようだ。
ダメージで動けないでいるディンフルをティミレッジが回復している間に、オプダットがアジュシーラの胴体に殴りかかった。
すると、ヘビのように長いシッポがうねり出し、彼の首を絞め始めた。オプダットはシッポと首の間に隙間を作るがシッポの力が強く、開けた隙間がどんどん塞がって行く。こちらも長くはもちそうになかった。
さらにシッポの先端の口から緑色の液体が噴出された。
すかさずティミレッジがバリアを張ってくれたが、液を浴びた周りの鉄骨や工場内で使う硬い道具などは見る見るうちに溶けていった。
人体に掛かっていたらと思うと、血の気が引くユアたちであった。
アジュシーラの獅子のような巨体が乗っているフィトラグスと、首を絞められているオプダットは限界が近づいていた。
「そいつらを離せ!!」
ディンフルが大剣で斬りかかろうとするが、ヘビのように長いシッポが今度は口から炎を噴き出した。あっという間に、辺りが火の海になった。
ディンフルはすかさずマントを外すと、ユアとティミレッジへ投げつけた。
「かぶっていろ!」
彼のマントは防炎だけでなく温度調節も可能だったため、マントをかぶると涼しくなった。
ユアとティミレッジの二人でマントをかぶり、浄化技とビームで少しずつ炎を消していった。
ディンフルがマントを預けたのには理由があった。
炎からユアたちを守るためでもあったが、前にレジメルスと戦った時に破れてしまい、今回のアジュシーラ戦でも役に立たないと判断したためだ。そして、炎の中では身軽で動きたかった。
ディンフルは炎の中を駆けて行くと、オプダットの首を絞めているシッポを手刀で切った。
「た、助かったぜ~……」オプダットはようやく息が出来るようになった。
ディンフルは次に、獅子の胴体を持ち上げた。
「すごっ!!」
これには目の前のオプダットと、後ろで見ていたユアたちは開いた口が塞がらなかった。
何はともあれ、フィトラグスも救出されたが、敵の鋭い爪で彼の鎧は抉れていた。
ディンフルは巨体を振り回すと、仲間たちがいない方向へ投げつけた。
倒れたアジュシーラはすぐには立てなかった。何故なら彼の命も削られ、すでに息切れを起こしていたからだ。
「ディン様! 石を壊そう!」
「わかっているが、見当たらぬ……」
暴走前は帽子の飾りとしてついていたが、キマイラの姿になってから帽子も無くなり、石の行方もわからなくなっていた。
途方に暮れていると、アジュシーラの近くにネガロンスが姿を現した。
「どうも」
「子供にも、あの石を渡すとはどういうつもりだ?!」
すぐに犯人がネガロンスだとわかったフィトラグスは彼女を見るなり、声を荒げた。
「あらあら。来て早々、ずいぶんな言い方ね……」
「レジメルスにも同じ石を渡しただろう?!」
「ええ。でも、これらはヴィへイトル様のご命令よ」
「部下の命が無くなるんだぞ! あんたは平気なのか?!」
「ヴィへイトル様のご依頼だからね。それに、命が消えてくれた方が戦いやすいわ。私はネクロマンサーだから」
ネガロンスは死霊を扱う戦法を得意とするので、死者が増えると彼女にとっては有利だったのだ。
もちろん、ユアたちは納得出来なかった。
「命をそんな風に扱うなんて……」
その時、ネガロンスの背後から苦しそうな声がした。キマイラ化していたアジュシーラが息も絶え絶えだったのだ。
レジメルスの時と同じく、高音と低音が入り混じった不協和音のような声をしていた。
わずかに意識が残っているようで、「カイ……フク……」と訴えていた。命が尽きそうになると、ネガロンスに回復してもらう約束をしていたのだ。
アジュシーラが手を伸ばすが、その手をネガロンスは横へ叩いた。
彼とユアたちは息をのんだ。
「触らないでくれる? 服が汚れちゃうから」
アジュシーラは驚いた表情を浮かべながらも、まだ「カイ……フク……」と呼びかけた。
しかし、ネガロンスに彼を助ける素振りは見られなかった。
「いつもは“うざい”だの“おばさん”だの煙たがるくせに、こういう時だけすがるの? あなたたちのことは可愛がって来たけど、悪い子は嫌いよ。もちろん、回復もしないわ。これもヴィへイトル様のご命令だもの」
アジュシーラは固まってしまった。
人間に育てられたレジメルスが殺されかけたことは理解出来た。だが、自身の何がヴィヘイトルの逆鱗に触れたのか、心当たりが見つからなかった。
「あなた、ノティザって子に会いたかったんでしょ? 叶って良かったじゃない。再び島へ行って誘拐して、今もこうやって近くにいるんですから」
冷たく言い放つネガロンス。
同時に彼はその言葉で、ヴィへイトルが怒る理由を悟ってしまった。
「任務外で動いただけじゃなく、人間と仲良くなったんですからね。ヴィへイトル様がお許しになるわけがないじゃない」
アジュシーラの額から脂汗が止まらなくなった。
ネガロンスが助けてくれなければ、待つのは死のみ。
「短い人生だったけど、最期に可愛いお友達が出来て良かったわねぇ」彼女は最後まで冷たい笑みを浮かべながら、魔法で消え去って行った。
取り残されたアジュシーラは恐怖でガタガタと震え始め、絶望から咆哮を上げると、工場内が揺れ始めた。
よく見ると、先ほどの毒で劣化した壁や床に入ったひびが広がっていた。
「いかん、崩れるぞ!」
すかさずディンフルが瞬間移動の魔法を使い、一行は外へ出るのであった。




