第100話「次の企み」
北の古城。
クルエグムに殴られたアジュシーラは廊下に逃げ、彼へ怒りを募らせた。
「くそっ! ちょっと年上で力があるからって、調子に乗って……! オイラを何だと思ってるんだ?!」
涙ながらに文句を言っていると、前方からネガロンスがやって来た。
「あらあら。またエグ君とケンカしちゃったの? 仲良くしないとダメじゃないの~」
「オイラは今、機嫌が悪いんだ! 放っといてよ、おばさん!」
アジュシーラは猫なで声で話し掛けて来たネガロンスを睨みつけ、吐き捨てた。
以前はネガロンスを「おばさん」と呼ぶと、レジメルスからしごかれて来たため嫌々、さん付けで呼んで来た。
しかし、しごく相手がいなくなった今、呼び方が自由になったのだ。
それでもネガロンス本人は気にしておらず、満面の笑みでアジュシーラに接し続けた。
「それはごめんなさい。今日ね、シーラ君にプレゼントがあって来たの」
「プレゼント……?」
涙を拭きながら、アジュシーラは復唱した。たが、今はプレゼントが贈られても喜べる心情では無かった。
そんなこともつゆ知らず、彼女は青紫色の石を相手へ差し出すのであった。
それを見たアジュシーラは涙が一気に乾き、硬直した。
その石は、レジメルスが受け取ったものとまったく同じだったからだ。
もちろん、彼は額の目でドラゴンフォームになった仲間の戦いを見ていた。大嫌いになった相手の最期を見届けるために。そのため、石がどんな効果をもたらすかも、すでに把握していた。
「もう知っているかもしれないけども、レジー君にあげたのと同じものよ」
アジュシーラが手を伸ばさず、顔を引きつらせているとネガロンスが口を開いた。
彼女は、目の前で怯える少年の心を見透かすように言い続けた。
「エグ君を見返したいんでしょう?」
言われたアジュシーラは頷きそうになったが、堪えた。
クルエグムへ仕返しをしたい気持ちは確かにあったが、命を削るほどのことではなかった。
アジュシーラは十三歳。自分の命を削ることをまだ恐れる年齢だ。それを察したネガロンスは次の手を打った。
「安心して。死にそうになったら、私が回復してあげるから」
意外な答えを聞いた彼は、目を丸くして相手を見た。
「ヴィへイトル様からも言われているの。あなたはまだ幼いから、“ここで殺すのは可哀想だ”って」
「ヴィへイトル様が、オイラを気遣ってくれてるの……?」
「そう。レジメルスの件を伝えてくれたことを感謝しているから、お礼をしたいそうよ」
ネガロンスも敢えて「レジー君」と呼ばなくなった。
そんなことには気付かずに、アジュシーラの心は揺らぎ始めていた。
「ノティザって子に会いたいでしょ?」
アジュシーラは、今度は目を見開いて相手を見つめた。
数日前、ユアたちを襲う目的でインベクル島へ行ったが、そこで出会ったノティザと仲良くなり、戦いの方では結果を残せずに帰ってしまった。
レジメルスにはバレてしまったが、ネガロンスにまで知られていたことは盲点だった。
「大丈夫よ。ヴィへイトル様はまだ知らないし、言ってもいないわ」
アジュシーラは胸を撫で下ろした。ヴィへイトルは命令外のことをすると、部下を抹殺するのだ。
さらに、ノティザといたことがバレると命が無くなることは確実だった。
「黙っておいてあげるから、これを使って行って来てくれない?」
ネガロンスは再び、石を近づけた。
回復の約束もあるので迷いはしたが、アジュシーラは石を受け取ることにした。
手に取った瞬間、石から黒い光が発生し、アジュシーラの体を包み始めた。
ネガロンスの妖しく笑う声が響く。
「お願いね」
◇
二日後、ユアたちはまだフィーヴェに蔓延る邪龍と戦っていた。
やはり、ヴィへイトルを倒さなければ邪龍問題も解決しないのだが、今はまだレベルを上げなければならない。
それでも、冷静に考えられない組は文句を垂れるのであった。
「いつまで邪龍と戦わないといけないんだ?! 早くヴィへイトルのとこ行って、倒した方が良くないか?」
「そうだよ! ヴィへイトルとその他の奴を倒せば、一件おちつきじゃねぇか!」
「“一件落着”!」
フィトラグスとオプダットが意見するが、やはり最後にはオプダットが言い間違え、ティミレッジが訂正した。
「ヴィへイトルは桁違いに強い。お前たちも見ただろう? この私が圧倒されたのだ。念には念を入れ、レベルは上げねばならぬ!」
「ディンフルさんの言う通りだよ。二人はすぐ“早く行こう”って急かすけど、ボスを倒せないと意味ないからね。ディンフルさんの時も竜巻が起きてなかったら、僕らがやられてたんだよ」
「言うな……」
ティミレッジから指摘されると、フィトラグスは耳が痛くなった。
ディンフルがラスボスだった時、彼らはレベル上げではなくボス討伐を優先させた。
レベルは上がらず、ボス戦で苦労する羽目になったのだ。
「今思えば、竜巻が起きてくれて良かった。そうでなければユアを除いた全員、異次元行きだったからな」
ディンフルがため息をつきながら言うと、一行は顔が青ざめた。全員が異次元行きになれば、間違いなくフィーヴェは滅んでいた。
真面目にレベル上げの話をしている横から、ユアが話に入って来た。
「ねえ。ずっと聞こうと思ってたんだけど、竜巻に襲われる前ってどんな戦いだったの?」
竜巻に飲み込まれた後でディンフルたちはミラーレに飛ばされた。ユアともミラーレで出会ったので、彼女が知らないのは当然だった。
ユアは自分と出会うまでの四人の様子に興味津々だったのだ。
彼らは一つ残さず話してくれた。
まず、オプダットが「やみくも」を「あまぐも」と言い間違えたこと。ふざける彼へフィトラグスが怒鳴ると、何故かティミレッジが謝ったこと。三人でしゃべっていると、ディンフルの魔法弾が当たったこと。フィトラグスとオプダットが急かしたせいでラストダンジョン攻略は出来たが、肝心のラスボス討伐が失敗に終わりそうなこと。フィトラグスが無我夢中でディンフルへ飛びかかって行ったこと。ディンフルも怒ると、二人の周りに竜巻が起こったこと。
ディンフルたち四人にとってはもう遠い過去の話だったが、ユアにとっては新鮮に聞こえた。
「それ、生で見たかった~」
「かなり殺伐としてたよ……」
まだ敵同士だったフィトラグスとディンフルの戦いをこの目で見たかったユア。
それに対してティミレッジが苦笑いしながら、当時の感想を言った。
五人で話をしている最中、フィトラグスが持つ通信機から甲高い音が鳴った。
「はい」と対応するフィトラグス。少しすると、彼の顔から血の気が引き出した。
「何っ……?!」
その表情とただならぬ雰囲気から、ユアたちはフィトラグスへ目をやった。
「ノッティーがまたいなくなったって、どういうことだ?!」
告げられた言葉で、ユアたちの空気が一気に張り詰めた。
通信の相手と話した後で、フィトラグスは通信機を切った。
「大丈夫か?」
一番にオプダットが聞いた。
フィトラグスは「いや……」としか返答せず、顔も青ざめていた。
「まったく……。あれほど、“なにくそ”と教えたというのに、また音を上げたか……」ディンフルがためいきをつきながら言った。
ノティザと別れる少し前、ディンフルは彼に剣の稽古をつけており、その際に「何事も繰り返すことと踏ん張ることが大事」と教え込んでいた。
そして、前にいなくなった時はアジュシーラに誘拐されていたが、元々はノティザが剣術を嫌がり屋敷を飛び出していた。なので今回も剣術を受けたくなくて、いなくなったものだとディンフルは睨んでいた。
しかし、すぐにフィトラグスが否定した。
「今日は剣の修行はなくて、一日勉強の予定だったそうだ。ノッティーは勉強が好きだから、嫌がって飛び出すなんて考えられない。守役のカディゲンもそう言っていた」
「ただ……」彼は続けて話した。
「ノッティーがいなくなる前、部屋の方から窓ガラスが割れる音がしたらしい」
ユアたちは胸騒ぎを覚えた。
「その後メイドが、魔法使いの格好をした奴が窓から出て空へ飛び立ったのを見たらしい。部屋に行くと窓が割れてて、ノッティーもいなくなっていたそうだ」
犯人は、その魔法使いの格好をした者に違いなかった。




