第99話「敵との友情」
レジメルスの過去を聞いた五人は言葉が出なかった。
ユアとオプダットは目から涙を流していた。ティミレッジがハンカチとティッシュをセットにして二人へ渡す。
「こんな感じ。これで、僕がどれだけ人間を憎んでいるかわかっただろう?」
「ああ……。お前の過去、ディンフルとまったく一緒だな」
「は?」
フィトラグスの感想へ、レジメルスは疑い深そうに返事をした。
「ディンフルも、幼い頃から共に生きた恋人を殺されて、家まで放火されたんだ」
「知ってる。でもその人は、人間を一人も殺していない。理解出来ないよ。僕らディファートは大切な人を殺されたり、奪われたりして来たって言うのに……。人間が騙していなければ、僕は姉さんと一緒に過ごせたんだぞ……!」
「最後の研修の件、ひど過ぎるよ。でも、それに行かなかったしても、お姉さんが助かるかはわからなかったよね?」
ティミレッジが指摘した。
人間にリンチされて殺されたウィムーダとは違い、レジメルスの姉・リージメスは病死だった。
そのため、彼があのまま家にいても助かる見込みは無かったかもしれない。
「わかってる。でも姉さんが病気になった時、どの病院も診てくれなかった。人間が殺したも同然じゃないか……!」
リージメスが発病してからは「ディファートといる人間だから」という理由で診察すらしてもらえなかった。見殺しにされたと言っても、五人は納得するしかなかった。
「本当に理解出来ない。僕と同じように大切な人を奪われたのに、あいつらを助けようとする神経が……」
言いながらレジメルスは相手を睨みつけた。
彼の過去を初めて知ったディンフルも、どう声を掛ければいいのかわからなかった。
「だけど、姉さんなら許しただろうな」
部屋が再び静まりかえったところで、レジメルスはぽつりとつぶやいた。
「何で?」ユアが鼻声になりながら尋ねた。
「さっきも話したけど、姉さんはディファート賛成派だった。だから、“将来は共存したい”って言ってたんだ」
「まんま、ウィムーダじゃねぇか!」
ユアと一緒に泣いていたオプダットの涙が止まり、目を輝かせた。
「ウィムーダも人間との共存を願ってたよな?! じゃあ、本当にディンフルと一緒じゃねぇか!」
「その人と、一緒……?」
突然立ち直ったオプダットと話の内容に、レジメルスは嫌そうに咳払いしてから言った。
「全然違う。その人はディファートだけじゃなく人間も幸せになって欲しいと願っていただろう? 僕は姉さん一人が笑っていれば、それで良かった。他のディファートも人間も、興味ないから」
ディファートと人間の共存を求める理由はディンフルは両者、レジメルスは姉一人の幸せを願っている。その点だけが大きな違いだった。
一行は彼の過去を聞くと、改めてこれまでを振り返り始めた。
「女性への侮辱を許せないのは、お姉さんを思い出していたからなんだな」
「姉さんが働き先でいびられているところを見たこともあるからね」
「チャロナグでクロウズさんを襲ったのも、お姉さんが恋愛詐欺に遭っていたから?」
「そ。女性を騙す男は生きている価値がないから」
「だるそうなのは、昔から?」
「いや、姉さんが亡くなってから。僕にとっての生きる希望だったから、いなくなったら何もかもだるくなったんだ」
フィトラグス、ティミレッジ、ユアの質問に、レジメルスは簡単に答えてくれた。
前よりも色々話してくれるようになったので、五人は彼が心を開いたことを改めて確信した。
「レジー!」
突然、オプダットが叫んだ。それは、レジメルスが仲間たちから呼ばれている愛称だった。
いきなりその名で呼んで大丈夫なのか、ユアたちは心配の表情を浮かべた。
その疑問を、呼ばれた本人が説明してくれた。
「僕が“呼んで”って言ったんだ。何回も間違えるんだもん。訂正も面倒くさいし」
レジメルスの解説を聞いて、仲間たちは安堵した。
もし許可無しに勝手に呼んで彼の怒りを買うようでは、せっかく良い方向に行っていたのが台無しになると思ったからだ。
「で、何?」レジメルスはオプダットへ顔を向けた。
「お、俺たち……、友達にならねぇか?!」
さらに突然の誘いに、今度はユアたちだけではなく、レジメルス本人も目が点になった。
「は……?」
「俺、今の話を聞いて、お前ともっと仲良くなりたいって思ったんだ! 俺も病気の経験があるし親友も失っていて、お前と姉ちゃんの気持ちがすっごくわかる! それに、そんな過去を持つお前を放っておけねぇんだよ!」
誘ってはいるものの、もうオプダットの中ではレジメルスは友人みたいな存在になっていた。
何故なら、この二人は何度も戦い合った仲。衝突した後でレジメルスは心を開き、自身の過去を話してくれた。それだけで、オプダットはもう友情のようなものを感じたのだ。
だが、レジメルスの方は……。
「やめてた方がいいよ。ずっと言ってるけど、君らの仲間になるつもりはない。まだヴィヘイトル様を尊敬しているし、そのうち迎えに来てくれるって信じている」
「自分を殺そうとした者を、まだ敬っているのか……?」
ディンフルは、信じられないような目でレジメルスを見た。
「あんたより信用出来るからね。ヴィヘイトル様は白黒はっきりつけて下さる。それに比べてあんたは、殺すか殺さないか曖昧で中途半端。見ていてムカつくんだよね」
「それから……」と、レジメルスは続けた。
「いずれ、僕は死刑になる。フィーヴェで今、問題視されているヴィヘイトル様の部下だから、君とは友達にはなれない」彼は再びオプダットを見て答えた。
「それなら大丈夫だよ! だって、ここに代表国の王子様がいらっしゃるんだぞ!」
オプダットはフィトラグスを両手で指した。
指名された彼は一瞬驚きつつも、すぐに冷静を装った。
「話を聞いて、君は根っからの悪じゃないって理解した。さっきの話を、俺から父上に話す。なるべく、死刑にならないように頼んでみるよ」
フィトラグスの言葉に、レジメルスは眉をひそめた。
「仲間になるつもりはない」「友達にはなれない」と断ったのに、彼らはまだ自分を受け入れるつもりでいる。その心理が理解出来なかったのだ。
思えば、チャロナグで負けた時から五人は自身を受け入れようとしてくれていた。
何度拒絶しても、彼らは諦めようとしなかった。結局レジメルスが折れてしまい、あちらでも言った言葉を再び口にするのであった。
「もう、好きにして」
投げやりに言いながらも、彼はユアが持って来てくれたお菓子「ラッコのマーチ」を一つ、口へ運ぶのであった。
◇
北の古城。
レジメルスがいなくなったものの誰一人、彼を迎えに行こうとしなかった。
ヴィヘイトルからも命令はなかった。おそらく、もう用済みだと思っているのだろう。
三人衆の寝室でアジュシーラが好物の漬け物を食べていると、クルエグムが戻って来た。
「おかえり。特訓、おつかれさま~」
戻った相手を労ったところで、クルエグムの拳が頭に直撃した。
「何するんだよ~?!」涙目でアジュシーラが訴える。
「何、呑気に食ってんだ?! お前もちょっとは鍛えろよ!」
「き、鍛えてるよ! 毎日、魔導書を読んだりして、魔法の勉強してるもん……」
「レジー……レジメルスがいなくなったから、俺らだけなんだぞ! もうちょっと、しっかりしろよ!」
クルエグムは敢えて名前を言い直した。もう彼を仲間と思っていないのだろう。
「オイラなりにちゃんと考えてるよ! エグが剣で戦うから、こっちは魔法で頑張るって決めてるんだから!」
「そりゃあ、お前が一番頑張らねぇとな。あいつの過去をヴィヘイトル様にチクったせいで、三人衆が二人になったんだからな!」
アジュシーラは言葉を失った。
レジメルスの過去を話したことは事実だが、クルエグムには報告していなかったからだ。
「俺、いつも王の間の前にいるんだ。他の奴がヴィヘイトル様に粗相しねぇためにな! だから、お前がズルしたのも知ってんだよ!」
「オ、オイラ、ズルなんてしてないよ! ただ、あいつにムカついただけだもん!」
「ヴィヘイトル様に一人で会いに行く時点でズルいんだよ! 本当は怖ぇくせに!」
再びクルエグムに殴られ、アジュシーラは号泣しながら部屋を出て行くのであった。
たった二人になっても、両者が仲良く手を組むことはなさそうだった。




