五日目 似て非なるもの達、再び
来て頂きありがとうございます。
モーニングレポートの後、俺はキョウに呼び出され、キョウの執務室まで来ていた。
「やあ。呼び立ててすまないね。」
「話って?」
「キミへのお願いの件...もう一つのお願いを聞いてもらいたくてね。」
そういえば初日に、『まだいくつか頼みたいことがある』と言っていたな。
「ここからの話は部外秘で頼むよ。」
キョウは手に持っていた紅茶を置き、真剣な眼差しでこちらを見据えた。
「結論から言えば、キミに頼みたいのは人員の配置だ。先のシーガーデンの件で確信したが、キミにはその才がある。」
才があるというか、たまたまそれを活かせる環境に生まれてきただけに過ぎないが・・・。
「倒したい魔物でもいるの?」
「いや。相手は魔物ではない。近々、大切な取引があってね。その取引を邪魔しようと図っている者達がいる可能性がある。」
「キョウにしては珍しく、ふんわりした話だね。」
「あぁ。というのもその取引自体、今の情勢では不都合に思う者達が多いだろうからね。」
『今の情勢』...つまり、ギルド本部『サマリー』が失脚しつつある現状にも関わる様な取引か。なんだか複雑な事情がありそうだ。
「そして、一つのギルド・・・或いは、複数のギルドで結託してその取引を止めようとするかもしれない。」
そこまで聞くと、嫌でも気になってしまうのは、そもそも取引が悪い取引なのでは無いかと言うところだ。
「取引の内容って・・・?」
「スパイエージェントというギルドとこういった取引をしようと思っていてね。」
そう言って、キョウは紙を見せて来た。
何か難しい事が色々書いてあったが、要約するとこうだ。
――スパイエージェント独断の活動・依頼を完全に停止し、ヴァンパイア・マンションの指示のもと動いてもらう。
これは、実質スパイエージェントをヴァンパイア・マンションが吸収する事を意味していた。しかし・・・
――ただし、スパイエージェントの所有する資産が一定量を超えた場合、契約は破棄する。
スパイエージェントの資産がある程度潤えば、自由にしていいという事だ。
「スパイエージェントってギルドは財政難なの...?」
「あぁ。他のギルドと違い、サマリーを経由して依頼を得ていた様でね。手取りが少ない上に、サマリーがあの様な状態では機能しないさ。実力のある者達だったから、一時は『エリート特殊部隊』の代わりとして候補が挙がっていたくらいなのだけどね...。」
エリート特殊部隊...サマリー直属のエリート集団だったか。
ある意味では『世界で一番強いギルド』として名前が挙がっていたという事になる。
『他のギルドと違い』と言っているけど...そういえば、ギルドが具体的にどういう稼ぎ方をしているのか、聞いたことが無かったな。
「普通は違うの?」
「そうだとも。通常は一般人から様々な依頼を受けることで収入を確保する。依頼は魔物の討伐から猫探し、自然の管理まで様々だとも。」
なるほど。いわばシーガーデンも『港を管理する』という一般人からの依頼によって収入を得ていた、という事か。
「しかし、スパイエージェントは一般人から依頼が来ない...というか、来ることが難しい状況だったんだ。だから、サマリーと連携して仕事を斡旋してもらっていた。」
「依頼が来ることが難しい...?」
「こう言えば伝わるかな?彼女らもまた、迫害されてきた種族なのだよ。さらに言えば、マスターはヴァンパイア・マンションの元サブマスターだ。」
「!!」
そうか。
実力はあれど社会的信用が無かったから、依頼が来ず財政難。エリート特殊部隊にも”候補に挙がった”止まりだったのか。
そして、なぜキョウがそこまで気にかけていたか明白になった。
アッサリしている様に見えて、キョウは愛情深い性格だ。自分のギルドの、ましてや元サブマスターの独立。キョウが気にしない訳がない。
それに、キョウの口ぶりから、ヴァンパイア・マンションは一般人から依頼を受けているのだろう。そこまでに至るまでに、一体どれだけの苦労があったのか想像もつかない。
「人情深いんだね。」
「おっと。私をからかえるくらいには余裕なのだね。」
余裕と言うか・・・キョウの事が分かってきた気がして嬉しいのだ。
シーガーデンの頃は、他のギルドと協力という話しか聞かなかったが、ギルド同士が必ずしも仲良しだとは限らないのか。
改めて、一番最初に拾われたのがシーガーデンで良かった・・・。
「話を戻そうか。要は、スパイエージェントとの取引を邪魔してくる者達が現れるだろうから、その対処に協力して欲しいという事さ。ただ...これは取引ではなく、私個人からキミへのお願いだ。受けるかどうかは任せるがね・・・?」
今の話を聞いて、じゃあやらないです、なんて言えないし言わない。
「もちろん、引き受けるよ。」
「そう言ってくれると思っていたよ。他のメンバーに関してだが、取引がある事自体知らない。たとえメンバーであっても、くれぐれも他言しないでおくれよ。」
「...そうだね。分かった。」
メンバーにさえ内密にする程秘密を徹底しているのに、襲撃される可能性が高いと見ているのは何故なのだろうか。
まあ、備えなどあるに越したことは無いし良いか。
さて、陣形配置と言ってもシーガーデンの時はメンバーの事をよく知っていて、しかも4、5人だからなんとかなった。
しかし、ヴァンパイア・マンションのメンバー数は20人以上いる。流石にそんな大人数に的確に指示を出すのは難しい。ならば、メンバーをよく知る人物に協力を煽った方がいいだろう。
メンバーをよく知る人物・・・
「ねえ、センラはどこまで事情を知ってるの?」
「彼女なら、取引の内容まで全て知っている。むしろ、そこまで知っているのは彼女だけさ。」
* * * *
廊下の清掃をしているセンラに声を掛ける。
「センラ、ちょっと良いかな。・・・
「指揮・・・でございますか。」
「うん。センラなら、メンバーの事にも詳しいかと思って。」
やはり、協力を煽るならセンラだ。
事情を知っているのなら尚更協力してもらいたい。
「かしこまりました。しかし、大変申し訳ないのですが、本日は別用で手が離せず...。明日のモーニングレポート後はご都合いかがでしょうか。」
「うん、大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。」
モーニングレポートの後なら、そのまま使用人会議室の広いテーブルで相談できるから丁度いいな。
今日のうちに出来る限り準備をしておこう。
* * * *
今日も清掃の業務を終わらせ昼。
食堂に行くと、ミラが美味しそうにご飯を頬張っている後ろ姿が見えた。
「ミラ、隣いい?」
「ゆーご様!どうぞ~!」
ミラの隣に座り、自分も食事を摂る。
今日のご飯はバタートーストと鶏肉のソテー、サラダ。相変わらずバランスの取れた良い食事だ。
「~♪」
ミラは鼻歌を歌いながらサラダをかき混ぜている。
昨日の夜の事があり心配していたが、モーニングレポートでも特に変わりない様で安心した。
「ご機嫌だね。何かあったの?」
「今日はこの後、キョウ様のアフタヌーンティー用のスイーツを作る予定なんです~!」
「お菓子作り好きなの?」
「ハイ!!」
なんというか意外だ。
ドジっ子な印象が強くて、お菓子作りなんて繊細な作業が好きだとは思わなかった。
しかも、キョウに直接出せるという事はかなりの腕前なのだろう。
「頑張ってね。」
「ハイ!!ゆーご様も、訓練サボらずに頑張って下さいね~!」
「アハハ。」
どの口が、とは思ったが気を悪くしても困るので言わないでおこう。
昼食を摂った後、陣形配置の準備をすべく、俺は資料保管庫に来ていた。
資料保管庫で屋敷の地図を探し、複製魔具でコピーを取る。
本当に使う機会が来ようとは。頭の片隅に入れておいて良かった。
次に隣の勉学室まで行き、キョウから預かった適正調査報告書を開く。
防御が得意な人、物理攻撃が得意な人...と各得意分野の人数を数えてノートにまとめていった。
こうしてみると、防御が得意な人は少なく、魔法が得意な人が多い。
何か理由があるのだろうか。
まだ時間があるし、何となく頭で組み立ててみるか。
チク、タク
~~~~~~~~
時計の針と、優雅なクラシックが流れる部屋は、自然と集中できる。
気付いた時には15時前だった。
「ふぅ・・・。」
粗方まとめたし、あとは明日センラに相談すれば良いだろう。
この後はどうするかと考えていると、俺はとある事を思い出した。
* * * *
「ミラ。スイーツの用意は出来ましたか?」
「う~・・・あともうちょっとぉ・・・。」
厨房へ行くと、まっさらなケーキにクリームを絞るミラと、それを見守るセンラの姿があった。
思い出した事というのはミラのお菓子作り。少し見てみたかったのだ。
「頑張ってるね。」
「あ、ゆーご様も来たんですね!!」
調理台にはケーキの他に綺麗に焼き上がったクッキーや綺麗な丸形のマカロンなどが置いてあった。
「これ、全部ミラが作ったの...!?」
「はい!お菓子作り得意なんです~!!...できた!」
出来上がったケーキも、小さいのに精密にクリームが絞られ、綺麗に飾り付けられている。
「将来はケーキ屋さんを開くのが夢なんです!」
「うん、絶対なれるよ。」
「えっへへ~。」
「流石の腕前です。その器用さを清掃でも活かしてくれれば良いのですが。」
「掃除きらぁい。」
好きな事は上手く出来る人なんだろうな。にしては極端だが。
センラは出来上がったスイーツをお皿に盛り付け、淹れたて紅茶と共に食事用カートに乗せる。
運ぶのは流石にセンラがやる様だ。
「センラさん、余ったのは食べても良い・・・?」
「どうぞ。」
「やった。ゆーご様も一緒に食べましょう~!」
「いいの?ありがとう。」
「それでは、キョウ様にお届けに参ります。」
せっかくならコーヒーを淹れるか。前、厨房の紹介をしてもらった時にコーヒー豆の入った瓶があるのは確認済みだ。
器具の準備をしていると、ヒョコっと横からミラが覗き込んで来た。
「飲めるんですか?大人~。」
「まあね。」
「先食べちゃお~っと!」
そういえば、この世界でコーヒーを飲むのは初めてか。前世では深夜残業の眠気覚ましにお世話になったものだ。まさか、異世界でスイーツと共に飲むことになるなんて思ってもみなかった。
香ばしい匂いが厨房に立ち込め、充実感で胸がいっぱいになる。なんて良い日だ・・・!!
「いただきます。」
「いっただっきま~す!」
ピンクのマカロンを一つ手に取り、一口かじる。
これは・・・!
「美味しい・・・!!」
サクっとした食感と、甘ったるい味が舌に広がる。しかし、細かく砕かれたドライフルーツが混ぜ込まれたクリームは甘酸っぱくて甘い外側と良く合っている。甘ったるいで終わらないこの味・・・イケる!!
「気に入ってくれて良かったぁ~!」
夢中で一口、二口と食べ進め、一つ食べ終えたところでコーヒーを流し込・・・
「!?!?!?」
「ゆーご様?」
「ゴッホゴホッ、ケホ、ケホッ・・・ハァ~、ハァ~。」
「ゆーご様!?」
こ、これは・・・!?
「か・・・からい・・・・・!?」
「えぇ!?コーヒーは苦いものですよね!?」
ミラが驚いているという事は、この世界のコーヒーが辛いという訳ではなさそうだ。じゃあなぜ・・・。
「って、ゆーご様これスパイスじゃないですか!!」
ミラが持っていたのは、俺が淹れたコーヒー豆の瓶だった。
確かに真ん中に切れ込みが入った茶色い楕円形の豆だ。
「え、それ、コーヒー豆じゃないの・・・?」
「違いますよ~!これはコヒ豆で、コーヒーは茶葉ですよ~!?」
豆ですら無い!?!?
似て非なるもの達、再び...!!ていうか多すぎる!!
「ぷっ、ゆーご様って面白い人ですね~!」
「わ、笑ってないで水、水・・・。」
やはり、異世界で油断してはいけない・・・。
―取引当日まであと2日
コヒ豆 現実世界のコーヒー豆によく似たスパイス。辛味と苦味が強いのが特徴。




