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真夏の南極

作者: 赫 慧汰

「それでその後はどうなったの?」

「それが僕にも分からないんだ」




今日は猛暑日で私は彼の家に上がり込んでいた。

色んな遊びをして2人の疲れが溜まった時静かに私は座り込んで彼も隣に座った。そして私に話をしてくれた。


「実はさ、僕がうんと小さい時の夏に不思議な体験をしたことがあって。」

「不思議な体験?」

「そう。あれはなんて言うのかな?夢?みたいなものだった」

「夢なんてそう不思議でもないと思うけどな」

「いや違うんだって。僕の夢はまさに不思議なものだったんだ

とにかく聞いてよ」


私は顔を顰めた、いきなり話を仕掛けてきたのはそっちなのに

とにかく聞いてなんて急かして、まるで頼んでもないのにどんどん料理が提供されてるみたいだ。一体なんのつもりなのか


「分かった。何があったの?」

「歳が5つくらいだったかな。その日は特に寝付けなかったんだよね」

「…それだけ?」

「いやまさか、それでようやく眠りに着いたと思って目が覚めたら全く知らないところにいたんだよ。夢と言うには現実的すぎる場所で。そこは高原で涼しい風が流れ込んできてて、真夜中だった。星が綺麗に光っていてずっと見蕩れていたの」


全く今日は参るほど暑いというのに彼の話を聞いて、気温が少し低く冷えたように感じた


「それでどうしたの?」

「しばらくそこにいると後ろから声が聞こえてきたの。振り返って見たらお父さんだった」


少し彼の顔が寂しくなった。それもそうだ。彼は生まれてまもなくして事故で父親を亡くしている

私もどう反応したら良いのか皆目見当もつかなかった、


「お父さんがいたの?」

「そう、間違いなくお父さんだった。それでさ…」


彼の声が震えているのが分かる。泣いている

それを私は直接彼の顔を見た訳ではないが、彼とは付き合いが長い。


「…それで?」

「お父さん。なんて言ったと思う?

『元気にしてるか?』だって、、

それはこっちのセリフだってつい言いたくなる気持ちを必死に押さえ込んで、目の前の奇跡にただただ感動してた。」

「…」


私は黙り込むことしか出来なかった。言葉に詰まっていた。こんな時なんて声をかければ良いのか

全く分からなかった


「だけどさ、不思議だと思わない?僕って産まれてすぐお父さんを亡くしたのに顔も声もハッキリしてたんだよ?」

「…言われてみれば確かに」

「でもこの人が僕のお父さんだってすぐ分かったんだよね。顔も声も知らなくても凄く安心感があった。この人が僕のお父さんなんだって呆気にとられてたよ。でもまだこの話は終わらないよ」


私は彼の話に引き込まれるように興味が湧いてきた。たとえただの夢だとしても、とても言葉では言い表せない儚さというか、ロマンを感じてる


「それで、続きは?」

「いきなり場所と時間が変わったんだ。高原の真夜中で涼しい風に吹かれながら星をお父さんと見ていた景色とは打って変わって今度はギンギンに日が照っている真昼間に川にいたんだ。」


彼はさっきまで泣いていたはずなのに、少し落ち着いたのか

声の震えが止まっていた、


「さっきとは全く別の場所なんだね」

「そうそう、そこでお父さんと遊んでいたの。

そこでもお父さんは僕に『お前ともこうして遊びたかったよ…』なんて寂しそうに言うんだ。僕だって同じ気持ちなのに

だからぼくもお父さんに言ってやったんだ。

僕だってそうさ。って、なのにお父さんは聞こえてないみたいにシカトするんだ。あれには少し苛立ちを覚えたよ」

「ま、まぁ夢なんでしょ?」

「まぁね。だけどあれは許せないよ、せっかく気持ちを伝えることが出来たのにシカトだなんて」


彼は少し微笑んで言った。


「次もまた場所が変わったりしたの?」

「いや、まぁ変わるんだけど。まだしばらくその川にいたの。

それでお父さんは僕のことをシカトしたくせに全く気にしてないようにまた話しかけてきてくれたの。

『母さんは元気か?無理はさせるなよ』って

なんともお父さんらしいなって勝手に思っちゃってさ

何も知らないのにね。お父さんのことなんて、」

「お母さん、優しい人だもんね」

「自慢のお母さんだからね。お父さんがいなくても1人で僕をここまで育ててくれた。強くて立派なお母さん」


彼はどんどん優しい口調になっていく、話しながら心が安らいでいるのが分かる


「で、場所が変わったんだよ。今度はどこだと思う?

周りにはなんにも人っ子一人に居ないような原っぱだった。」

「また昼?」

「うん。たださっきみたいな猛暑ではなくて暖かい、ポカポカした昼間だった。そこでお父さんと2人で寝っ転がって、また話をしてくれた。」

「どんな?」

「『俺がまだ生きてたらここにピクニックにでも行こうかななんて思ってたんだ。まぁそれも叶わなくなったみたいだけどな』なんて言うんだよ。一応僕を笑わせに来てる感じだったけど一切笑わなかった。というより笑えなかった。そりゃそうじゃない?不謹慎すぎるよ」

「私も思っちゃった。それ」

「でしょ?だから流石に笑えないよって言ったのにまたシカトされたの。」


今、途端に思い出した。なにかどこかで死人が夢に出てきた時は会話をしてはいけないなんてことを聞いた気がする。

たがらお父さんはそれを分かってて意図した上でシカトしていたのかもしれないなんて私は勝手に妄想する。


「あ…」


そのことを言おうとしたけど、何故か言えなかった。何故だろうかそのことを言ってしまうと、なにかいけない感じがした


「ん?どうしたの?」

「いや、大丈夫。何もないから」


彼は軽く私を睨んだ後に話を続けた。

「また場所が変わったんだけどね、ここがいちばん重要だよ?

今までとは似ても似つかない場所に移り変わったんだ。」

「似ても似つかない?」

「そう、南極にいたの、僕たち2人で」

「な、南極?」


つい吹き出しそうになってしまった。なぜよりによって南極なのか、彼の言い方も相まって笑いそうになってしまう。

我慢できずにぷっと笑いが出た。


「ちょっと、馬鹿にするなよな」


彼も微笑んだ。少し場が和んだ気がした。


「ごめんごめん。急でびっくりしちゃった」

「話戻すよ。それで南極にいたのに、全く寒くなかったんだよ。太陽なんて出ていなかったのに。むしろ暑くも感じた、するとお父さんは『なんであんなことになったんだろうなぁ…』って、言ってる意味がわからなかったしちょっとだけど怖かった。」

「急に非現実的な場所に変わったんだね。」

「そう、それも含めてこの南極でのお父さんとの会話にはなにか意味があったと思うの、お父さんが残したかった何かが」

「なるほどね。一理あるかも」

「しばらく南極から水平線を2人で眺めてたら、どんどん気温が上がってく感じがして、とうとう裸でも暑いなんて言えるほどにまでなった。その時にお父さんは言ったの『まるで、真夏の南極だな』って、正直何言ってんのかなって思ったよ。」

「ふふ、なにそれ」

「ほんとに馬鹿らしいよな。それでまた場所が変わったんだけど、途中で現実世界に呼び戻されたように目が覚めたの」

「それでその後はどうなったの?」

「それが僕にも分からないんだ」


ここで彼の話は終わった。

時計を見ると17時を回っていた。


「もう5時か、それじゃあ私もう帰るね。」

「うん。今日はありがとうね、色々と」

「いや、楽しかったよそれじゃあね。また今度」


彼の家を出ようとした時に彼の母親が私に挨拶しに来てくれた。


「いつもありがとうね。」

「あ、いえいえこっちが勝手に来てるだけなので」


その時私はどうしても気になっていた疑問を彼の母親にぶつけた。


「失礼は重々承知で、お伺いしたいことがあるのですが」

「なあに?おばさんなんでも答えるよ、気にせず聞かせて」

「あの、彼のお父さんってどのように亡くなられたのか教えてもらうことは…できませんよね、すいませんこんな質問しちゃって」


彼の母親は、触れてしまうかというような顔でこちらを見つめ静かに話をしてくれた。


「いいわよ、せっかくだから話してあげるわ。」

「あ、あのすいません。ありがとうございます。」

「いいのよ、気にしないでちょうだい」


彼女は軽く咳払いして話を続けた。


「夫は、南極の調査隊として働いていました。」

「えっ…」


鳥肌がたった。彼の夢の話にも、南極は出てきた。


「夫は強く逞しくて人からも好かれるような存在でした。それ故にとても外交的で夜は外に出てよく星を見ていました。私を川にも連れて行って、時にはピクニックしたりと、とにかく外での活動が大好きな方でした。」


既に立ち上がった鳥肌に追い討ちがかかるように全身に電流が走る。

「同じですね…」

「え?なにが?」

「今日、彼と遊んだ時に、彼の小さい時に見た夢の話を聞いたんですけど、お父さんの話と彼の夢の話が驚くほどに合致していて」

「あらそんなことがあったの。あの人もきっとあの子と話したかったのでしょうね。 」


彼女はまた軽く咳払いして、話を続けた。


「あの人はその日も南極で調査を進めていました。

殺人でした。仲間のひとりがあの人のことを溶鉱炉に突き落としました。勿論見る影もなく夫は溶岩で溶け切りました。犯人はまだ見つかっていません。」

「………」


絶句した。あまりのショッキングな死因にとてつもない罪悪感を覚えた。


「すいません、まさかこんなショッキングなこととは思わなくて、思い出させてしまって、本当に申し訳ないです。ごめんなさい」

「いいのよ、もう過ぎたことなんだから。」

「そ、それじゃあ、失礼しました。」

「えぇ、またいらっしゃいね」


私は家に帰るやいなすぐに寝込んでしまった。

ジリリリリリリ

と電話の音で目が覚めた。

眠い目を擦り、受話器を取る

「うちの子が亡くなった」

「え………?」


電話の声は彼の母親だった。

彼女は涙ぐんで声が震えて、泣いている。

しかし彼が亡くなったというのは、とても信じ難い。

まだ信じていない自分がいる。と言うよりかは信じていない、信じたくない自分の方がいる。


「彼が…ですか?」

「えぇ、ごめんね。あなたの大切な人でしょうに」

「いえ、私なんか」

「お葬式の準備が整ったらまた、電話するわ。来てくれるかしら。」

「勿論行かせてください。」

「ありがとうね。」


その言葉に全てがつまっていた気がしていた。

1週間後に彼の葬式が開かれた。

私は親に黙って一人で来た、親に泣いている顔を見せたくなかったからだ。


葬儀が始まりふと疑問に思う。


「彼の同級生はいないのかな…」


疑問に思いつつ座布団に静かに座る

僧侶のお経が唱えられ私は彼と過ごした時をしみじみと感じる。すると全ての力が抜けたように額から涙がこぼれ落ちる。

一通りの流れが終わり彼の母親と話すことになった。


「実はあの子ね、学校でいじめを受けていたの」

「え…そう、だったんですか?」


私は彼との付き合いは長く1番の親友であったが、通っている学校が違く学校での話は殆ど聞かなかった。


「そうなの、きっとあなたに心配をかけさせたくなくてその話はずっと隠していたんだと思う。」

「……」


私は彼のいじめに早く気づくことが出来たらと、酷く後悔し、心がぎゅっと締め付けられた。


「あなたと遊んだ日の後、あの子の同級生が家を訪ねてきたの。『遠くで火事があるから見に行こうぜ』って、私も止めようとしたの。だけど、あの子すごく楽しそうにしていたから、まさかあの子たちがいじめっ子だったなんて、気づきもしなかったのよ。だから…」


彼女は泣いていた。どこか彼女の泣き顔は彼と似ていた。それを思うと私もつられて泣いてしまう。


「だから私は、気をつけてねって…そのまま見送ってしまったの…同級生みんなであの子を無理やり火に突き落とすなんて…」


あまりの残酷さに寂寥たる光景が私の目の前に立ちはだかった。彼の父親と同じような死因だったことに最悪の皮肉を感じ、これ以上に無い殺意が湧いたが自分には何も出来ないという無力さを針で刺されるように感じた。

葬儀の間は一瞬で氷ついたように思った。昨日までは当たり前のように過ごした家族とも言える存在を瞬く間にして失い、私は死んだように冷えた。

私の夏は今ここで死んだ。

ここが本当の真夏の南極なのかもしれない。


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