そちらがその気なら、私も。
(な、なんで)
一瞬、呆然となる。
カティアが未婚の男女を室内にふたりきりにするはずがない。今までだって、いつもメイドの誰かが同室していた。それなのに、なぜ。
「ひとを呼んできます!お待ちくださ──」
「良い!!」
私の言葉は、当のウィリアム様本人によって遮られた。驚いて彼を見る。見れば、先程まで苦しんでいた彼の呼吸は、ほんの少しだが落ち着いたように見えた。
「ですが」
「良いから……呼ぶな!そんなことより、これはお前の仕業か!!」
途端、彼が烈火のごとく怒り始めたので、こちらとしては戸惑う他ない。さっきまで苦しんでいたのに、どういった変化なのだろうか。
困惑していると、彼はギラついた瞳を向けてきた。
「俺に……催淫剤を盛ったな……!!」
「はっ!?」
今度こそ、素っ頓狂な声が出た。
さいいんざい。
さいいん……催淫剤!?
脳内で、言葉を形にするまで時間を要した。
彼が何を言っているの理解出来ず、理解した途端、私は数歩後ずさった。その私の反応を見て、いらだたしそうに彼が舌打ちをする。
「くそっ……こんなことなら、来なければ良かった……!!」
全くその通りである。
どうしよう。今すぐお帰りしてもらった方がいいんじゃないだろうか。
意味もなく手を開いたり閉じたりを繰り返していると、ウィリアム様が怒鳴った。
「水を持ってこい!」
「は、はいいい!!」
なぜ催淫剤を盛ったのか、誰が入れたのか──いや、可能性としては、カティア!?
部屋にもいないもの!!
どちらにせよ、ステアロン伯爵家の落ち度であることには変わりない。大慌てでサロンの扉に向かうと。
「あ、開かない……!?」
まるで、なにかがつっかえているように、扉が開かない……!!
(え……えっ!?も、もしかしてこれって)
ステアロン伯爵家全体での謀……なのだろうか!?もしかして、陛下もお認めになっていたりする……!?
混乱のあまり、ドアノブを掴みながらも静止してしまう。そんな私の耳に、彼の怒鳴り声が聞こえてきた。
「何してるんだ、早くしろ!!」
「わ、私も急ぎたいんですが扉が開かないんですーー!」
今、初めて私とウィリアム様のこころはひとつになっていた。
(何としてでも、この部屋から出なければ……!!)
このままここにいたら間違いなく既成事実をでっちあげられる。ただでさえ、ウィリアム様は怪しげな薬を飲んでいるのだし。
私は扉を開けるのを諦めて、窓に視線を向けた。私たちを部屋に閉じ込めるのが目的なら、きっと窓も──。
そう思って、私の上半身ほどの大きさのステンドガラスが嵌められた窓へと向かうと。
案の定、鍵に細工がされており、開かない。
「…………」
私は、しばらく呆然としていた。
まさか、ここまでするとは思っていなかったから。
だけどだんだん、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
(……ふつう、ここまでする?)
私と、ウィリアム様を結婚させたいがために?
彼に薬を盛って、部屋に閉じ込めて、それで?
それが……親のすることなの?
もう、この家に留まる気は既になかったとはいえ、がつんと頭を殴られたような気分だった。
(……そう。それが、お父様たちの答え、というわけね)
どこまでいっても、彼らにとって私は駒でしかないのだ。そもそもの話。
娘を政略のカードとしか見ていない彼らに、『娘として見てほしい』なんて、土台、無理な話だったのだ。
今になって、それを理解したような気がする。
突然黙り込んだ私に、ウィリアム様が怪訝そうに顔を上げた。
「おい、何をしている。早く──」
彼の声を聞きながら、私はもともと自分が座っていたソファへと向かった。
そして。
傍らに置いてあった四本足のスツールを両手で持ち上げると──。
一息に、ステンドガラスが嵌め込まれた窓へと、力の限り、投げつけた。