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【商業企画進行中】さようなら、私の初恋。  作者: ごろごろみかん。
一章:さようなら、私の初恋
3/18

夢か現か

「──」


衝撃、だった。

私を必要としていない。それはつまり。


私は──彼の婚約者である必要はなかった、ということ。私は、求められてなどいない。


それなら、私が彼の婚約者であり続けた、意味は?


毎月規定量の宝石を生み出すのは苦痛を伴った。

それを耐えて、耐えて、それでも彼の婚約者で在ろうとした。

それが私の責務で、役目だと思っていたから。


だけど──それに、意味はなかったのだろうか。


呆然とする私の前で、刃が閃いた。


「最期くらい、泣けばいいのに。最期まで可愛げのない女だ」


血しぶきが舞う。

それはすぐに、緋の石へと変わった。

ルビー、ガーネット、インカローズ、レッドダイヤモンド──。血溜まりはあっという間に石の塊へと変わった。


体から零れた血液は床に流れる前に石に変わり、カン、と硬質な音がした。


「きみの死を無駄にはしないよ。ベリアの役に立ってくれ」


最後の言葉はそれだった。

その声を聞いた直後、刃が大きく閃いて──。





ハッと目が覚めた。

気がつくと、私はベッドの上に寝ていた。


(あれは……夢?)


バッと飛び起きて、私は周囲を見渡した。カーテン越しに、窓の向こうが明るくなっているのが見える。どうやら、朝のようだ。

どくどくと心臓が痛いほど音を立てている。そっと胸に手を当てる。鼓動の音は大きい。


「──…………」


今のは、夢、だったのだろうか?

恐る恐る自分の頬に手を押し当て、そのまま額に触れる。彼に切られたのは、胸元だった。胸元──心臓の上を狙って切られたのだ。

胸元に手を置いて強く握りしめる。


(なんて……鮮明な夢、なの)


私は細く息を吐いた。

あまりにも現実味を帯びた夢だった。そっと胸から手を離し、私はゆっくりと部屋を見渡した。あれから、私はどうしたのだろう。

それに、どこまでが現実で、どこからが夢だったのかもわからない。

ウィリアム様と結婚して──彼を部屋で待っていた。彼と一緒にお酒を飲んだのは……あれは、夢?現実?


部屋を見渡した私は、やがて息を呑んだ。

室内の内装は、今朝私がいた伯爵家の自室とほとんど同じだった。


(……どういう、こと?)


結婚して、私は家を出た。

今後、私は王城で寝泊まりすることになっていたはず。それなのになぜ──私は、伯爵家の自室で寝ているのだろう?


呆然としていると、扉の向こうがにわかに騒がしくなった。壁にかけられた時計を見ると、起床時間を示している。

私は何が何だかわからないながらもそっと、ベッドから降りた。


靴を履いて、姿見の前に立つ。

鏡に映った自分の顔は、ひどく青ざめている。


「……わたし」


呆然と、呟いた。

その時だった。扉がノックされた。

ぱっとそちらを見ると、馴染みのある声が聞こえてくる。


「お嬢様、起きてらっしゃいます?カティアです」


私は、急いで扉を開けた。

その向こうで、メイド服に身を包んだ女性──幼少の頃から私の世話係をしているカティアが目を丸くしていた。


「お嬢様?」


「……カティア、今……いいえ。今日は何月何日?」


自分でも驚くほど低い声が出た。

私の言葉に、カティアはやや戸惑った様子を見せながらも、答えた。


「本日は八月三日ですが……」


…… 八月?

言われて、気がつく。

冬真っ只中のベリアはここしばらくずっと冷え込んで、寒さを感じていた。

それなの今は、寒さを感じないどころかすこし肌が汗ばんでいる。……まるで、冬ではないように。絶句する私に、カティアが困惑したように首を傾げた。


「……お嬢様?顔色が悪いようですが……どうかされましたか?」


「八……月?そんな……ほんとう、に?」


震える声で尋ねる私に、カティアがますます困った顔をした。


「……はい。お嬢様、本日はベルライン伯爵家主催のティーパーティーがありますが……どうされますか?お顔色が優れないようですが、体調がお悪いのでは?」


ベルライン伯爵家主催のティーパーティー。

覚えがある。確かそこで、ウィリアム様は私ではなく、キャサリン様をエスコートして参加されたはずだ。

キャサリン様のドレスは、クリーム色だった。……ウィリアム様の髪の色だ。

会場で会うと、彼は自身が贈ったドレスなのだと私に教えてくれた。


私は、表情をあまり顔に出さないようしているためか、ひとに威圧感を与えやすいらしい。顔を合わせたキャサリン様は私に怯えて泣いてしまい、会場の空気はさいあくなものになった──。


こんなにも鮮明に思い出せるのに、これは夢?それとも……現実?


一体、どれが真実でどれか幻なのかわからない。

動揺した私は、勢いよく自身の頬を打った。


ばちん!と鈍い音がする。

続いてぴりぴりとした痛みを感じて、私はこれが現実なのだと知った。

私の奇行を目の当たりにしたカティアが悲鳴をあげる。


「きゃあああ!お嬢様!?一体どうされたんですか!?」


「……カティア。……ねえ、今の私はどんな顔をしてる……?」


あれは、夢だったのだろうか。

あの半年間の記憶は、全て偽り?

夢だったと、一言で片付けるのは難しかった。


ふつう、目が覚めたら夢の記憶は薄れてしまうものだが、時間が経っても、細かいところまで思い出せるのだから。

今となっては思い出したくもない、ウィリアム様との結婚式の夜。


口にしたワインの味。

手に力が入らなくなり、感覚は消えた。

気がついたら私は天井を見上げていて──。


──私は、彼に殺されたのだ。


それに思い当たると、途端背中に冷たいものが走った。


カティアは、困惑した様子のまま、言葉を続けた。


「……悪魔でも見たかのような顔をしていらっしゃいます……」


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