略奪された他国の宝
その反応に、是だと推測したのだろう。リアム殿下が真剣な面持ちで言葉を続けた。
「やっぱりそうなんだね。文献は真実だったか」
「どういう意味です?……文献?」
「……ルシア、よく聞いて。そもそも、宝石姫というのはベリア国で生まれたものでは無いんだよ」
「…………は?」
突拍子のない言葉に、思わず間の抜けた声が出た。目を見開いていると、リアム殿下は頬杖をつき、人差し指を立てた。
「順を追って説明する。まず、悪魔憑きの魔女。彼女がなぜああ呼ばれているのか、あなたは知っている?」
「知りません。あなたはそれをご存知だと?そもそも、なぜあなたは魔女を訊ねて──」
尋ねようとすると、リアム殿下はうん、と頷いた。
「それも、後でちゃんと説明する。まず、悪魔憑きの魔女だけど、恐らく彼女はうち──サミュエル国の人間だと、俺は思う」
「それはなぜ?」
「我が国の伝承に、悪魔がいるからだ。悪魔がいて、天使がいる。我が国は天使の祝福を戴いた国だ」
「……なるほど。あなたのお話は分かりました。ですが、魔女がサミュエルの出だと断言するには、理由が弱いのでは?伝承に悪魔が出る国は他にもあるかもしれません」
「そうだね。あなたの言い分も一理ある。だけとね、ルシア。彼女は自身を【悪魔憑き】と名乗っている。そこにヒントがあるんじゃないか、と俺は思うんだ」
悪魔憑きの魔女、なぜそう呼ばれるようになったのか、そもそもいつから彼女は存在するのか、誰もが知らない。ただ、迷信にも近い噂話の中で、彼女は度々出てくる存在だ。
例えば、魔女の怒りに触れるとカエルにされる、という、恐らく絵本の内容から派生した噂話だったり、はたまた魔女に願えば代償と引き換えに叶えてくれる、という、悪魔という言葉から連想された噂話だったり。
だけどそのどれもが【噂】の域を出ない。実際に魔女に会って願いを叶えてもらった、とか、魔女の怒りに触れた、なんて話は聞いたことがない。
私は王太子の婚約者として、そして宝石姫として育った。社交界に回る情報の全て、とは言わないがその大半はステアロンの家に入っていたはずだ。その私が知らないのだから、魔女に関連する噂はやはり、噂の域を出ないものが大多数だったのだろう。
(だからこそ……驚いた)
以前、ウィリアムに殺された時。彼は魔女から薬を用立ててもらったように言っていた。つまり、彼は魔女と取引したのだろう。魔女は実在する。死に際になって初めて私はそれを知ったのだ。
なぜ、彼女は私を殺すための協力をしたのか。
魔女が無償で頼みを聞くとは思えない。だとしたら、その代償は?
もし、リアム殿下の言う通り、魔女が隣国の出身なら、なぜ今彼女はベリアにいるのだろう。その目的は?
うっかり考え込んでいると、静かな声が私の思考を破った。
「ひとまず今は、魔女は我が国の出身で、彼女は悪魔と取引をしてその立場を得たと仮定する」
顔を上げると、リアム殿下はティーカップを持ち、ファルクの淹れた紅茶に口をつけていた。私はそれを呆然とみながら、つぶやくように尋ねた。
「悪魔と、取引……?」
「サミュエルでは、悪魔と取引して堕ちた人間のことを魔女という。そして、天使に選ばれた人間……これを愛し子と呼ぶんだけど、愛し子がその魔女を倒したことで、今のサミュエルが生まれたとされている。これが、我が国の伝承。……どう?悪魔憑きの魔女と被るところがあるんじゃないかな」
「……もし、悪魔憑きの魔女がサミュエルの出なら、なぜ彼女は今ベリアにいるのでしょう?」
「伝承通りなら、退治されたくないから?……なんてね。そこは、俺にも分からない。だけどこの話において、魔女の正体はさほど重要ではないんだ。そっちじゃないんだよ」
そっちじゃない……?
私は首を傾げながらリアム殿下に尋ねた。
「では、なぜ彼女の話を?」
「あなたに我が国の伝承を話し、サミュエルには天使に選ばれた【愛し子】がいることを伝えたかったからだ。さっき、俺はあなたに言ったね。魔女と敵対する存在がいる、と」
ゆっくり、先程の内容を簡略化して要点だけ話すリアム殿下に、私はある推測を抱いた。
もしかして──
「魔女が存在するなら、愛し子も存在する……?」
私の疑問にリアム殿下は目を瞬いた後、指を鳴らした。
「大正解!すごいね。今の話だけでそこまで読めたんだ」
「十分、分かりやすくお話くださったと思いますが……。では、そうなのですね。魔女と敵対する存在が実際にいるとして、それを私に話している……ということは」
点と点が線で繋がっていくような感覚。その瞬間、私は頭が冷える感覚を覚えた。もし私の考えが正しいなら、今話していることは【宝石姫】に関連すること、いえ、もっというなら恐らく、この話題の最終着地点は──私が知りたいと思っていた疑問への、答えになるかもしれない。ごく、と息を呑んだ私は、真っ直ぐにリアム殿下を見つめ、尋ねた。
「その愛し子こそが……私、宝石姫なのですか?」
一瞬、静寂が室内に広がった。聞こえてくるのは、外の雨音のみ。雨足は落ち着いたようで、先程のような激しさはない。シトシトと静かな音が聞こえてくる。しかし、その反面、雷は立て続けに響いてくる。今も、雷がどこかに落ちた音が聞こえてきた。
ゴロゴロゴロ……ガッシャーーーン!!という、暴力的な音が聞こえてきて、その衝撃のためかテーブルに置かれた三枝付き燭台から二本の蝋燭の火が消えた。
ふっと、炎が掻き消え、室内の光量が絞られる。
直後、また激しい雷がどこかに落ちた。
今度は近い。
リアム殿下は、私の質問になにか答えるより先に笑みを浮かべた。挑戦的で、まるで猫のような笑みだ。
目を細めた彼がゆっくりと答える。
「その通り。宝石姫は、約千年前に我が国からベリアに略奪された──愛し子だよ」




