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宝石姫を辞める方法

「宝石姫を辞めたいって?」


「この力はあまりに強大すぎて、私では扱いきれません。私には過ぎた力です。それに……この力は不要な争いを招くでしょう。私は、普通の人間になりたい」


「あんたの言い分もわかる。だけどなぜ、それをあたしに願う?あたしが、あんたの願いを聞く義理はないと思うけど?」


「ええ。ですから、交渉に来たのです。悪魔憑きの魔女。あなたは不可能だとは言わなかった。なら、なにか考えがあるのでは?」


「……………」


魔女は答えなかった。おそらく、その通りだったのだろう。だから、私はさらに彼女に問う。


「どうしたらこの依頼を受けていただけますか?」


その質問に、彼女は諦めたようにため息を吐く。そして、両手を広げ、肩を竦めた。


「さぁね。それを考えるのは依頼人であって受け手(あたし)じゃない」


続けて、彼女は手で払う仕草を見せた。


「要件はそれだけかい?ならもう今日は店仕舞いだ。さっさと帰んな」


「元々開店してないよね?」


魔女はリアム殿下の言葉に答えない。


「今代の宝石姫。ルシア・ステアロン」


顔を上げると、彼女はさらに言った。


「確かにあんたの言う通りだ。宝石姫を辞める方法はある。ただし、それは人を辞めるのと同義だ」


「……教えてくれるのですか」


「教えるのはここまでだ。後はあんたが考えるんだね。あたしには、これ以上言えない」


彼女は人差し指で私の胸元を指し示した。


「よく考えな。あんたが宝石姫を辞めたらどうなるか。何が起こるか。あんたが目指すものは?あんたは何がしたいのか」


「なぞかけのようなことを仰るのですね」


「そりゃあ、あたしは悪魔憑きの魔女だからね。人を惑わすのがあたしの性分だよ」


蠱惑的に微笑んで、魔女はそう言った。

そしてそのまま彼女は踵を返す。


(……最後まで、素顔を見ることは出来なかったわ)


魔女の家の扉は木でできている。取っ手を掴み、扉を開くと室内の様子が少し見えた。


(外から見るよりもずっと、広く見えるわ……)


魔女の力によるもの、なのかしら。

物理法則など存在していないかのような魔女の家。ばたん、と扉が閉められて、その場に静寂が広がった。沈黙しているとリアム殿下が肩を竦め、言った。


「……ひとまず、山を降りようか?恐らくもう、彼女は出てこない」


「随分、親しいのですね?我が国の魔女と」


一体、どういう関係なのだろうか。そして、リアム殿下の目的は?彼は宝石姫に何の用があるのだろうか。

真意が読めない彼から距離を取って尋ねると、リアム殿下が首を傾げ、微笑んだ。


「……疑ってる?あなたの言いたいこともわかるよ。聞きたいこと、気になること、たくさんあるでしょう。下山がてら、答えよう」


「ではまず、ひとつよろしいですか?」


「うん?」


振り向いた彼を見て、私は尋ねた。


「王子殿下は、おひとりですか?」


「……どうして?」


「おひとりでいらっしゃった、というのならあまりにも不用心すぎるかと思います」


「あは。心配してくれてる?」


掴みどころのない彼に、私は首を横に振った。


「国民として当然の考えです。もしこのベリアで、あなたの身に何かあれば、それは両国の火種に繋がります」


「たしかに。あなたの言う通りだね。だけど安心して。ちゃんと護衛はつけているし、それに、俺は死なない」


「なぜ、そう言い切れるのです?」


リアム殿下ははっきりと『俺は死なない』と言った。まるで、確信でもあるかのように。訝しげに見ると、リアム殿下が片目を瞑って見せた。


「そういう未来だから」


「からかってます?」


「まさか。とりあえずさ、宝石姫。山を降りようよ。一雨来そうだ」


その言葉に顔を上げると、確かに空には重たい曇天がかかっていた。今にも雨が降りそうだ。


(雨の匂いがする……)


山は天気が崩れやすいという。早くに移動しないと、降られてしまうだろう。私は彼の言葉に頷いて、ひとまず山を下りることにした。


「魔女の家はさ、すっごい分かりにくい場所にあるけど悪路ではないよね。現に、あなたのような箱入りのご令嬢でも到達可能だ」


「……そうですわね。確かに、少し意外でした」


魔女の家は非常にわかりにくい場所にあるが、その道のりは険しくない。舗装されていない獣道を歩くのは僅かで、魔女の家は遊歩道のすぐ近くだ。


遠くから、唸るような雷鳴が響く。急がなければ、すぐにでも降られてしまうだろう。

急ぎ足で進みながら答えると、リアム殿下が興味津々、といった様子でさらに尋ねてきた。


「あなたはどうやって魔女の家に辿り着いたの?まさか、手当たり次第に探し回ったのかな」


「そうですね。それより、先程の話です」


顔を上げたと同時、頬に雨粒が当たった。

雨が降り出した。


「あなたの目的は何ですか?さっきははぐらかされてしまいましたが……あなたは私に、宝石姫に何を求めているのでしょうか」


足を止めてリアム殿下に尋ねると彼も同様に、立ち止まった。沈黙は一瞬で、すぐに彼は苦笑を浮かべた。


「助けたい……と言ったら、烏滸がましいか。俺はね、宝石姫。あなたに協力したいんだ」


「協力?」


答えたところで、凄まじい落雷の音がした。


ガッシャアアアアァン!!という、耳を劈くような破壊音。目を見開くと、遠くでバリバリバリ、と裂けるような音がした。


(今のバリバリバリって音……もしかして……)


続いて、ドーーーーン……という重い音が響く。

恐らく、木に雷が直撃したのだろう。木に落雷して、倒木したのだと思う。

音は近かった。つまり。


(……この近くに落雷しても、おかしくない?)


直撃したら間違いなく死ぬ。それを察した同時、恐らくリアム殿下も同じことを考えたらしい。彼は真顔になって言った。


「とりあえず移動しよう。俺は死ぬ運命にはないけど、楽観的な人間ではないんだ。とにかく急いで降りよう?いいね?宝石姫。話はあとだ。よし行こう」


リアム殿下は私の返答を待つことなく、そのまま早足で歩き始めてしまった。私の手首を掴み、問答無用と言わんばかりに走り出す。


「えっ、ちょっ……ひとりで歩けます!」


「いいから!滑って転落したらそれこそ死ぬぞ!」


「っ……」


たしかに彼の言う通りだ。彼の言葉には同意見だったので、私はそのまま彼の先導に従い、山を降りたのだった。

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