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【商業企画進行中】さようなら、私の初恋。  作者: ごろごろみかん。
一章:さようなら、私の初恋
2/18

私は、宝石姫だから

「……いただきます」


ほんとうは、酒など飲みたい気分ではなかったが彼の勧めだ。逆らうことも出来ず、私はグラスに手を伸ばした。ふわりと、豊かな葡萄の香りがする。こんな時でもな

ければ、美味しくいただけたことだろう。


私だって、気詰まりだ。

私を愛することなく、ほかの女性に想いを寄せるひとと夜を過ごすのだから。彼は嫌々、仕方なく私と夜を共にするのだ。

屈辱──よりも、ただただ、虚しくて、哀しい。

こんな夜に、何の意味があるのだろうか。結婚とは、ここまでこころを殺す必要があるのか。


何度も、何度も考えたこと。

だけど、仕方ないのだと、その度にその考えを打ち消した。


だって、私は──。


一口、二口、グラスに口をつけた。

さすがに、四百年もののワインは舌触りが格別だ。まろやかな味わいと、香り豊かな風味。こんな空気で飲むのが、惜しく感じるほどの高級品だった。

ウィリアム様は、つまらなそうに私を見ている。


「……味はどうだ?」


彼は、私に毒味をさせたかったのか。それに気がついてわずかに苦笑する。

嫌われたものだ。いつから、こんなに嫌われたのだろうか。分からない。

だけど気がついた時には、互いの溝はもう深く、修復等不可能だった。私は彼に答えた。


「とても美味しいです。陛下のご好意に──」


そこまで、言った時。

指先が震えて、手に力が入らなくなった。


「……!?」


驚きに息を呑むも、視界が回って何もかもが分からなくなる。かしゃん、と高い音が聞こえた。グラスを取り落としてしまったのだろう。そして、グラスがテーブルに当たったのだと思う。そんなことを考える余裕はあるのだな、と妙に冷静な頭で思った。

気がついたら、私はカーペットを背にしながら天井を見つめていた。全くといっていいほど、体に力が入らない。呆然とする私に、感心するような声が聞こえてきた。


「さすが、【悪魔憑きの魔女】が作っただけあるな。少し飲んだだけでこれか」


「こ……れ、は」


「まだ話せるか。まあいい。ルシア、僕はお前と結婚するつもりはない。だけど陛下は、この国は、お前との結婚を強制する」


カタ、と音がする。彼が席を立ったのだと知った。仰向けに転がる私の視界に、ウィリアム様が現れた。

その手に握っているものを見て、私はひゅ、と息を吸った。


──剣。


彼の手には、長剣が握られていた。私が飲んだ赤ワイン──いや、きっとグラスになにかが入れられていた。体は思うように動かないが、呼吸は正常にできることから──筋肉弛緩剤の類だろう。

彼が持つ長剣の刃が、シャンデリアの明かりを反射して、きらりと光る。逆光で、彼がどんな顔をしているのかは分からなかった。


「お前が宝石姫だから、僕はお前と婚約破棄することも、離縁することも出来ない」


──そう。

私は、【宝石姫】だ。

私の体液は宝石になる。この国、ベリアには二百年に一度、体液が宝石になる特殊体質な娘が生まれる。

宝石姫が生まれると、王家は必ずその娘を王太子の妃、あるいは王の妃に迎えていた。私も、その例に漏れることなく、生まれてすぐ、私が宝石姫だと知れると私はウィリアム様の婚約者に定められた。


そして──ベリアに生まれた宝石姫は、国のために貢献することが義務付けられているのだ。

私もまた、月に一度、王家に宝石を差し出してきた。量は決められていた。それを破ったことは、今までない。


私は、宝石姫だから。

だから、ウィリアム様と結婚し、妃にならなければならない。

だから、彼にほかに想う女性が出来ても、彼が私を愛していなくても。私は、王太子妃、ゆくゆくは王妃にならなければならなかったのだ。


宝石姫は、王太子、あるいは王の妃にならなければならない。それが、ベリア国の決まりだから。


彼の手に握られた長剣が、閃いた。


頬に、冷たい感覚。

それは、慣れた感覚でもあった。

私は月に一度、王家に宝石を差し出すために、何度となく血を流してきた。私の血は、ルビーになるから。傷口は時間経過とともに消えてなくなるため、傷跡を気にすることなく、何度も、何度も、肌を傷つけた。

そうすることが、私の定めだと思ったから。私が、生まれてきた意味だと思ったから。


この国──ベリアに貢献するために。

そのために、私はいるのだとそう思った。


ぴたり、と刃先が私の頬に押し当てられる。ウィリアム様は、何も言わない私を見下ろし、笑った。


「こんな時でも、何も言わないのかお前は」


何を、言えばいいのだろう?

泣いて、縋って、慈悲を乞えば、彼は考えを改めてくれるのだろうか。

私は、殺されるのだろうか。彼に、今から。

結婚式の夜──初夜に、私は夫となったばかりの彼に、殺される。


彼に嫌われていたのは知っていた。

知っていた──けれど、殺されるほどだとは、思っていなかった。甘かった、のだろうか。

驚きを通り越して呆然としたままの私を見ながら、彼は鼻で笑って言葉を続けた。


「お前が僕を支える?……僕には、お前が必要だって?笑わせるな。僕はお前なんか必要としていないし──そもそも誰も、お前なんか必要としていない。思い上がるな」

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