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【商業企画進行中】さようなら、私の初恋。  作者: ごろごろみかん。
一章:さようなら、私の初恋
12/18

宝石姫は、二度死ぬ

「──」


カティアは、まともに取り合ってくれなかった。

それが、答えだ。

絶句し、言葉をなくした私の隣に、カティアは座った。まるで、幼い頃のように。よく、泣いていた私は、こうして彼女に何度となく、慰めてもらった。

カティアは、私の乳母の娘でもある。

伯爵家のメイドはほかにも多数いるけど、カティアだけが、特別だった。


「お嬢様は、特別なんです。あなたは、生まれながらに特別で、尊き方。だから、その責務を投げ出してはなりません」


──彼女は、諭す。

まるで、教育係のように。

優しく、それがあたかも正解かのように。

彼女の穏やかな声を聞いていると、それが正しいかのように思えてきてしまう。


(でも……そう。そっか、カティアは……)


彼女は、私の気持ちに寄り添ってくれているわけでは、ないのだ。

それが、分かったからじゅうぶん。

胸が、じんじんとした鈍痛を覚える。それを無視して、顔を上げた。にっこりと、彼女に微笑んでみせる。


「……うん。そうね。私が……間違っていたみたい」


そして、この家での──ステアロン伯爵家での【正解】を口にするのだ。


カティアの持ってきたサンドイッチに、手を伸ばす。正直食欲はなかったが、食べておかないと体が持たない。


そして、夜が深けるのをただ、待った。



壁時計は、深夜三時を示している。

この時間なら、きっと誰もが眠っているだろう。ランドリーメイドもまだ起きていないはず。


どきどきと、心臓が音を立てる。

これから、私はとんでもないことをする。


私は、誰かのために、生きているのではない。

この国のためでも、王族のためでも。


──ステアロン伯爵家のために生きているのでもない。


私は、私のために生きたい。

この命、私は、私のために使いたいと思う。


【宝石姫】として生まれた。生まれてしまった。

それは、今さらどうしようもない事実であり、覆らない真実だ。

宝石姫なら、国に尽くすのがとうぜん。王を支えるのが宝石姫の役割だ、と。

そう言われて育ってきた。


でも、それって。

搾取と、何が違うのだろうか。


少なくとも、私は、私の感情(きもち)すら無視して、なかったことにして、対価だけを求めるこの国──この家のためになにかしたいとは、思わない。……思えない。


だから。


私は、手燭に点った火を見つめる。

三股の手燭は、ゆらゆらと三つの炎を灯している。


それを──ゆっくり、寝台に傾けた。

途端、炎がシーツに移っていく。舐めるように、炎がじわじわとシーツに広がっていった。

ここからは、時間の勝負だ。

私は、意図してゆっくりと息を吐いた。


そして、部屋の窓を開けた。

途端、強い風がびゅう、と吹き込んでくる。

強風に煽られて、炎が揺らめく。まだ炎はちいさいけれど、いずれ燃え広がるはず。ベッドの周りには、可燃物を出来るだけ集めてきた。ドレス、ショール、タオルケット、ブランケット……。衣装棚の中身をほとんど持ってきたのだ。


そして、待つこと数分。

私の予想通り、火の手は激しくなった。ハンカチで口元を覆っているので煙を吸わずに済んでいるが、この分ではすぐにほかの部屋、廊下にも炎が燃え移ることだろう。


(……さようなら、私の初恋)


あなたは私をいらないと言ったけど、私も、私の人生にあなたは要らない。

ウィリアム様(あなた)がいなくても、私は生きていける。あなたを、生きる意味に定めなくても、私は、私のために。


ぱちぱち、と炎が爆ぜる音が聞こえる。

シーツはどんどん燃えていく。炎が広がっていく。赤が、視界にちらついた。


だんだん、息苦しくなってくる。

だけど、その息苦しさには覚えがあった。

私は、宝石姫として生まれ、宝石姫として育てられた。私の感情は圧殺され、蔑ろにされ、それがとうぜんだと思って生きてきた。


(……この家に、私の幸せはなかった)


私は一度、ウィリアム様(あなた)に殺されたけれど。

そんなに、あなたのことを恨んでいない。おかしいだろうか?

私を切り殺し、私の死すらも利用したひとだというのに。


決して、彼に殺されたことを受け入れたのではない。理不尽な悪意を、許したわけでもない。


だけど、あの経験があったからこそ。

私もまた、【宝石姫】としての責務に囚われるのではなく、ほかの道もあることに気がついた。


(……私が、あなたにふたたび想いを寄せることは、もう二度とない)


なぜなら、彼に殺された時、僅かに残っていた恋心もまた、ともに死んだからだ。


だけど──だからこそ思うのだ。

私とウィリアム様。

私たちに未来はなかったけど、交わらない道の先。互いに、幸福であればいいと思う。互いに関わらない、どこか遠くで。

憎しみとは違う感情を、育てられればいい、と思うのだ。


逆に、こうも思う。


(ここまでしたんだから、キャサリン様とは幸せになってもらいたいものだわ)


いよいよ、本格的に炎が燃え広がっていく。カーテンの先に火がついて、もうもうと煙が上がった。










〔報告〕

深夜未明、ステアロン伯爵家で火災発生。

明け方、鎮火。宝石姫、行方不明。


〔見解〕

その日、ステアロン伯爵邸で火災が起きた。

出火元は、【宝石姫】ことルシア・ステアロンの寝室だと思われる。火事の原因は、手燭の火の不始末。

その日は、強風だったため、火の広がりが早かった。炎は夜闇を照らすほどにごうごうと燃えたとのこと。


幸い、早くに気がついた邸内の人間が非常用の鐘を鳴らしたため、負傷者は出なかったが──宝石姫ことルシア・ステアロンだけが、見つからなかった。


遺体は見つからず、忽然と彼女だけが姿を消した。血痕でも残っていれば事件性があると見て取れるが、生憎、彼女は血液すらも宝石になってしまう特異体質だ。


王家は総力をあげて彼女を捜索したが、どれほど経っても、彼女を見つけることは出来なかった。


遺体は炎に焼かれ、燃え尽きてしまったのではないか。

欲に目が眩んだ賊に誘拐されたのでは──。


様々な説がまことしやかに社交界で囁かれた。


そして、その日──ルシア・ステアロンという娘は、死んだのである。





【一章 完】

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