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【商業企画進行中】さようなら、私の初恋。  作者: ごろごろみかん。
一章:さようなら、私の初恋

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10/20

誰もが気持ちを無視してる

ガシャァアアン!とガラスの割れる音。

ウィリアム様が、呆気にとられた顔をする。力の限り投げたからか、スツールは窓を破って、外の庭に落ちた。

遠くから、ひとの足音が聞こえてくる。この音を聞き付けて、伯爵家の私兵がいずれ駆けつけてくるだろう。


窓は中央が大きく割れている。出ようと思えば出られるほどの大きさだ。しかし、無理に潜ろうとすればガラスの破片や、鋭い切っ先で怪我をしかねない。

ここは、ひとを待った方がいいだろう。


静かにそんなことを考えていると、ウィリアムの声が聞こえてきた。


「お、お前、今……」


それで、ようやく彼の存在を思い出す。

視線を向ければ、彼はかなり狼狽えているようだった。


「スツールを投げ……?」


「投げました」


「……お前が?」


(……見てなかった?)


私は、彼の目の前でスツールをぶん投げたのだけど。

そう思ったけど、よっぽど彼は信じられなかったのだろう。私がスツールを投げたことに。そんな蛮行を働いたことに。

私は、胸の前で腕を組みながら、首を傾げた。


「緊急事態でしたので。それより、ウィリアム様の体調はいかがですか?すぐに医師を手配しましょう」


「あ、ああ。いや、それはいい。あまり騒ぎにしたくない」


(……それもそうね)


私は彼の言葉に納得した。この件が表沙汰になれば、私たちの結婚は免れないだろう。

社交界においては、真実より既成事実の方が重きを置かれるものだから。


やがて、何人もの足音が聞こえてきた。

現れたのは、想像とおり、伯爵家の私兵だ。彼らは、室内の私とウィリアム様を交互に見たあと、割れた窓に視線を向けた。

緊張を隠せない様子で、問いかけてくる。


「いかがされましたか!?ルシア様!」


「サロンから出られないの。カティアと……お父様をお呼びしてくれる?」


私が端的に答えると、私兵の彼は困惑した様子を見せた。それを見るに、この企ては一部の人間にしか知らされていないのだろう。


(……それも当然かしら。王族に薬を盛るなんて、反逆罪とも取られかねないもの)


少しして、お父様とカティアがサロンに訪れた。扉を開けないようにしていた細工は取り払われたようだ。

ウィリアム様に薬を盛り、さらに意図的に私たちをふたりきりにし、サロンに閉じ込めた。


それだけのことをしたというのに、カティアは平然として様子である。気まずそうでも、後ろめたそうでもない。


(……やっぱり、お父様の指示なのかしら)


カティアの独断だとは、思いにくいし。

そんなことを考えていると、サロンの惨状──主に、窓ガラス付近を見て、お父様が眉を寄せる。


「これはどういうことだ?」


「そっくりそのまま、お返しします。これはどういうことですか、お父様?カティア?」


窓ガラスをぶち破るという蛮行を働いたのは私だが、そうせざるを得ない状況に追い込んだのは、彼らだ。

窓辺に立ったまま、静かに彼らを見ると、お父様はソファに座ったままのウィリアム様を見て、困ったようにため息を吐いた。


「……失敗されたのですか、殿下」


「……なんのことだ」


ウィリアム様が固い声を出す。

彼には、覚えがないようだった。

私は、彼らの会話を黙って聞くことにした。


「陛下からお聞きになっているでしょう?殿下は、私の娘を妃にしなければならない。それなのに、嘆かわしいことに殿下は、たかが(・・・)公爵家の娘に入れ込んでおられるとか。宝石姫と、公爵家の娘。どちらが大事かは、まだお若い殿下にもお分かりでしょう」


「……だから?だから、こんな愚行に走ったというのか」


彼の、押し殺したような硬い声に、お父様は当然のように答えた。


「陛下も、ご納得のことですよ」


「──」


ウィリアム様が、息を呑む。

そのまま彼が席を立とうとしたところで、私は割って入った。


「お待ちください、お父様」


「なんだね、ルシア」


ふたりの視線か、こちらに向く。

もっとも、お父様はつまらなそうに。

ウィリアム様は、これ以上余計なことを言うなとばかりに、私を睨んでいる。


ウィリアム様の憎悪が育ったのは、きっと、ステアロン伯爵家のせいでもあるのだろう。

彼は、私とキャサリン様を比較して、私を貶めるけれど。

きっと、お父様はキャサリン様を貶めていたのだと思う。……今のように。


私は、ふたりの前に立つと、はっきりと言った。


「私は、ウィリアム様との婚約を望みません。婚約を、解消させてください」


婚約を、考え直して欲しい、なんて甘いことを言ってるから、無視されるのだ。

私の本心は、はっきり形にしなければならない。はっきり言わなければ、わからないのだ。

もっとも。


「……また、その話か」


うんざりしたように、お父様がため息を吐く。

ウィリアム様は、私の言葉に驚いているようだった。カティアも、苦々しそうに顔を顰めていた。


ここに、私の味方はいない。


はっきり、私の気持ちを口にしたところで。

それを、理解してくれるとは思わない。それでも、意思表示することに、意味があると思う。


お父様に、じゃない。


──ウィリアム様に。


今後のことを考えるなら、なおさら。


「私は、お人形ではありません。私にも、感じるこころがあり、考える頭があります」


「何を突然……」


「お父様は、もし私が【宝石姫】でなかったら──私が、何も持たないただの娘であったなら。宝石姫という色眼鏡ではなく、ひとりの娘として、見てくれましたか?」


「──」


お父様は、私の質問に絶句した。

それは、痛いところを衝かれた、というより思ってもみないことを言い出した、という顔。

それで、理解した。

お父様は、やはり【宝石姫】でない私のことなど、想像すら出来ないのだ、と。


私は、それを知ると、淑女の礼を執ってその場を後にした。お父様も、ウィリアム様も、私を引き止めなかった。

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