イアン
様子がおかしい。
みんなおれを遠巻きに見ている。遠巻きに見ながら、ヒソヒソニヤニヤしている。
なんだ。
中には、じろりと睨みつけながら舌打ちしてくるヤツもいる。
この一週間、王太子殿下の地方視察旅行に護衛としてついていた。内政は安定しているからテロなどの恐れはほぼなし。
視察は順調に進んだ。我々騎士団員も王太子殿下のご相伴にあずかり、毎晩たらふくごちそうをいただいた。
地方視察の特権だな。
無事に視察を終えて、王宮に帰ってきたのが今日の夕方。
本来なら「おつかれさま」とねぎらわれるべきだろう? それがなんだ、この有様は!
女子職員は目も合わせようとしない。用事があって話しかけても、ものすごく距離をとられる。3メートルくらい離れている。遠くて大きな声じゃないと聞こえない。
一歩近づくと一歩離れる。なんとしても3メートルを保持したいようだ。
中には露骨に顔をひきつらせるヤツもいる。
なんでだ。
おれは女子に人気があったはず。騎士だから背も高くてたくましいし、体つきに似合わず甘いマスクも人気だったはず。
やや暗めだが金髪だし、やや濁っているが碧眼だし。モテ要素はコンプリートしてる。
しかも騎士団所属。お姫様抱っこなんてお茶の子さいさい。
ふり向けば「きゃあ」乱れた髪をかき上げれば「きゃあ」汗をぬぐえば「きゃあ」だったのに。
こんな扱いは、生まれてこの方はじめてだ。
なんたる屈辱。
「きみはそんなヤツじゃないと思っていたよ。残念だ」
上司には残念発言された。
「なあ、おれ、なにかやらかしたか?」
友人に聞いてみた。
「さ、さあな」
ことば少なに逃げるヤツ。あるいはニヤニヤしながら
「気のせいじゃね」
いやいや、完全にバカにしてるだろ。
あるいは
「知るか! 自業自得だろ!」
と怒られたり。
なんだ! なんなんだ!
「さっさと帰った方がいいぞ」
悪友のビリーが、ニヤニヤしながら言う。
「なんなんだよ。みんなどうしたんだ」
「みんなっていうか、なあ?」
ビリーがヘラヘラする。憎たらしい。
頭にきたから、とっとと片づけをして帰ることにした。提出書類は明日でいいや。
本邸に顔を出した方がいいよな。おみやげも渡したいし。母親が楽しみにしていた。ジャムとはちみつ。
もちろん、カノジョにも買ってきた。喜ぶだろうな。いかん、にやける。
馬車で本邸に乗りつける。使用人たちがバタつく。いやいや、なんで今さら。いつものことじゃないか。
家令が飛びだしてきた。
「ぼっちゃま!」
ぼっちゃま、やめろ。いい年なんだから。
「どうしてこちらに来たのですか。新居に行ってくださいよ」
「ええー、あっちはあとでいいだろ」
「ダメです。すぐに向かってください」
「なんだよー、せっかくおみやげ買ってきたのに」
ドスドスドス!
本邸にはありえない足音がひびいた。
なんだ?
「イアン!」
父親だった。真っ赤な顔で……。怒ってる?
「この、面汚しが!!!」
いきなり殴られた。無防備だったおれは、3メートルもはじき飛ばされてしまった。今日は3メートルに縁があるな。
「な、なにをするんだよ」
「なにをするんだは、こっちの言うことだ!」
「あああ、旦那さま、落ち着いてください」
家令が間に入るが、父親はそれすら押しのけた。
「どの面下げて帰って来た!」
なにを怒っているのか、見当がつかない。
「貴様、サーシャになにをした!」
「え? サーシャ? 別になにも」
「うそつけ! ならなぜ『きみを愛することはない』祭りが開催されたんだ!」
なんだ『きみを愛することはない』祭りって。
目の前が真っ白になった。