警察車両 乗用車内 1
大海原邸からほど近い大きな公園。
駐車場に停められたシルバーの乗用車に近づくと、告はコンコンとサイドウインドウをノックした。
駐車場の横に植えられた桜並木がきれいに咲いている。さきほどついた外灯に照らされライトアップされた形だ。
もう少ししたら桜吹雪が舞いだすんだろうなと思う。
所轄署の刑事、八十島 漕太がサイドウインドウからこちらを伺う。
手をのばして助手席のドアを少し開け、中に入るよう促した。
「関係者を全員集めてって言ったじゃん」
ルーフに手をかけ、告はうす暗い車内を覗きこんだ。
「ドラマか。バカ言ってないで乗ったら」
八十島が童顔の顔をしかめる。
「ウルバーノ・一色氏の出国は止められた?」
「まだ令状出てないからな。べつの捜査員が行って、てきとうに話しかけて足止めしてる」
八十島がハンドルに手をかけた。
「……なぜかめっちゃかわいいサラサラ黒髪のJKがついて行ってるみたいだけど」
「なにそれ。彼女さん?」
「知らね」
八十島が答える。
告は助手席に乗りこんだ。
手にしていた紙袋を、ぶしつけに八十島の膝の上に置く。
「うちの優秀なメイドさんがつくったお弁当」
「ああ、ども」
八十島が紙袋のなかを覗く。
「メイドさん、ぜんぶ辞めさせたんじゃなかったっけ。探偵業なんてはじめたら、あぶないかもしれないって」
「ひとりだけ、自分で自分の身は守れそうな人は残した」
告は答えた。
「つか、いきなり探偵業とか何なのそもそも。爺さんの代からの会社と財産管理だけでいいじゃん。趣味?」
「やそっちが警察官になったとき、けっこう法律とか世論に気がねしてガチガチでやってんだなってドン引きしたんだけど」
「やそっち言うな」
八十島が顔をしかめる。
「民間には民間の強みがあるから、サポートしてやれるかなとか」
告は助手席のシートに背をあずけた。
「祖父も父も、ここの所轄の警察にはずいぶん命を助けられたからね」
「まあ……暴漢に襲われたり脅迫されたりいろいろあったみたいだな」
八十島が言う。
「記録見たら、昭和まじ怖えってなった」
「んで、“JUGI” の意味は分かったわけ」
多香乃がつくったツナのサンドイッチをほおばり八十島が問う。
「だから被害者が書いたのは、ウルバーノ・一色氏だよ」
告は答えた。
「説明すっ飛ばすな。こっちもいちおう上もナットクの報告書を書かなきゃならないんだよ」
八十島がトマトのサンドイッチをほおばる。
「被害者は日本人とはいえイタリア生活の長い人でしょ。とっさの場合はイタリア語で書くんじゃないかってはじめに見当つけた」
告は弁当の手羽元をかじった。
「 “ジュギ” とかじゃないのか、あれ」
「日本でアルフベット見たら、だいたい英語かローマ字だと思うよね」
手羽元をかじる。
「基本的にイタリア語に “J” はない。ただ近年は、外来語とか外国人の名前を表記するときだけ使うことがある。その場合の発音は “ヤ、ユ、ヨ”、もしくは “イ”」
「ヤユヨ……」
八十島がサンドイッチをくわえつつタブレットをとりだした。事件の資料を見る。
「そもそもJをジャジュジョで発音するのは、英語とローマ字くらいじゃないかな。たいていのヨーロッパ語系はヤユヨ」
告はスープジャーに入れられたコーヒーを口にした。
「だから、JUは “ユ”」
八十島がタブレットを見つめる。
「で、イタリア語はJがないので、ジャ、ジ、ジュ、ジェ、ジョの発音はどうするのかというと、Gを使う」
八十島がタブレットをスクロールしながらコーヒーを飲む。
「だからイタリアでは、“ジャパン” を表記するときGからはじまる」
「なのでGIは、ローマ字でいうJIにあたる。読みは “ジ” 」
「ユジ? ユージ? 伊地 悠司?!」
八十島が声を上げる。スーツのポケットに手を入れ、スマホをとろうとしたのを告は止めた。
「と思うだろ? ここでうちの優秀でドSなメイドさんがいなければ、引っかかるところだった」
「……ドSなの? メイド」
八十島が眉をよせる。
複雑な表情でランチボックスと紙袋を見た。