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メイドの土産 〜ボンボン探偵✕毒舌メイドの事件簿〜  作者: 路明(ロア)
【7】タラスの風は、葉のうえにある水のように予測不能かもしれない

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大海原家玄関ホール


「いらっしゃいませ、八十島(やそしま)さま」


 大海原家玄関ホール。

 夜遅い時間帯にあわせてすこし明度を落としたオレンジ色の照明の中、あわただしく訪ねた八十島を執事の大江(おおえ)多香乃(たかの)が出迎える。

 八十島が多香乃を見てこころなし後ずさりした。


「いまお茶をお持ちしますので」


 多香乃がおじぎをして台所に消えると、八十島は二人のうしろから出迎えた(つげる)のほうに歩みよった。

「メイドさん、もう帰ってる時間じゃねえの?」

「大事なやそっちが来るから、残業手当て出すことにしていてもらったの」

 告が答えると、八十島が顔をしかめてイヤそうな表情になる。

「……あのメイドさん、何回会ってもなんか怖えんだけど」

 そうつぶやき手近な装飾品に手をつく。

「多香乃さんが? 何でかな。何かやそっちのトラウマのアンテナにでも引っかかってるとか?」

 告は(あご)に手をあてた。



「無表情で躊躇(ちゅうちょ)なく大根スイングした姿かな。何かちょっと」

「ライフル銃でスイングされるよりマシじゃん」



 告はそう返して、執務室につづく長い廊下に八十島をうながした。

 八十島が勝手知ったるという感じでついてくる。

「……何か、おまえとしか雇い主と従業員の関係築けない人って気がする」

「このまえまでふつうに教会の事務員さんやってたよ、多香乃さん」

 執務室のドアを開ける。八十島を中にうながし、告は応接セットのソファにすわった。

 八十島に「好きなソファすわって」というふうに勧める。

 八十島が手近な一人掛けソファにすわった。

 


「けっきょくどうなったの? やっぱりダイイングメッセージってことになったの? 狙撃の犯人さん」



 告は問うた。

「まあ、まえのアラビア文字とかとちがって、確実に日本人にも読みとれる英語のアルファベットだからな」

 八十島がスーツのポケットからスマホを取りだす。

 二、三度操作して、表示された画面をこちらに見せた。

「英語なら警察署内にも分かる人いそうじゃん。何で来たの」

「ところが、訳したところいまいち意味不明」

 八十島が答える。

「英語じゃないんじゃないの?」

「そう思ってスペイン語とかイタリア語とかルーマニア語とかラテン語とか、可能性ありそうな言語でもくわしいやつが訳してみたけど、訳せても意味不明」


 コトリと音を立てスマホをテーブルに置く。

 告は身を乗りだしてスマホの画面を見た。



 街なかの植え込みと思われる場所。



 アジア系の若い男性がうつぶせで倒れている。

 周辺の木の枝が人間三人分くらいの幅に折られているのは、もがいたのかダイイングメッセージを書くために体を反転させたときのものか。


「いきなりの現場写真」

「まあ緊急だかんな。もしかしたら殺害したやつがこの近辺にまだいるかもしれん。おまえいちおう実績あるから急いで頭借りて来ますって許可もらってきた」


 植え込みの土の上、手近な棒か何かで書いたと思われるブロック体のアルファベッド。

 


 「AIR DI TALAS」



 そう表記されている。

「エア、ディ……タラス?」

 告は眉をひそめた。

 ややして天井のシャンデリアを見上げて脳内の知識をさぐる。


「エアとタラスだけなら、キルギス共和国の街のタラス――タラスの風かタラスの航空会社かってのが成り立つんだけど、ディって接続詞とか前置詞は英語にはないからそこでイタリア語に行って、言語として似てるラテン語とかスペイン語行って、さらにラテン語に似てるルーマニア語行って」


 八十島が説明する。

「やそっち、くわしいなあ」

「おもにサイバー課だ、こういうのは。なんか語学講座マニアの人が一人いて」

 八十島が眉をよせる。

「気が合いそう」

 告はスマホ画面を見つめた。

「おまえは合うかもな、ああいう人ら。俺は変人多くてやだ」

 八十島が(ひたい)に手をあてる。


「まえに暗号文の返信してくれた子、元気?」

「元気っつうか、このまえの捜査んときサイバー課の連中そろって寝不足でおかしくなってて、“汝のネコを愛せよ” とか無表情で言ってくるんで気持ち悪くて避けてた」


 いいこと言ってるじゃないか、何で避けるんだろと告は内心思いつつもスマホの画面をじっと見つめた。



「遺体はシン・オオサワ、二十六歳。シンガポール国籍の日系人。親は二人とも日本人らしくてK県に戸籍あったけど、わりと早くに死別してるらしい。――本人は二十代になるまで日本に来た形跡はないんで、どっぷりあっちの人間って感じで考えたほうがいいかもな」



「日本語は? どのくらい読み書きできてた?」

 告は問うた。


「このまえの狙撃んとき雇ってたサンファイブのもと社長しめ上げた。――日常会話は困らない程度にできてたってよ。漢字は勉強中って言ってたって。なんで自己紹介したとき、自分の名前の漢字の意味とか説明してやったって」


「しめ上げたんだ」

 告はスマホ画面を見ながらうなずいた。

「心配すんな、ベテランさんたちの指導もと法律の範囲内でやった」

 八十島が答える。

 かわいい性格のやそっちが、ベテランさんの指導のもとどんどん荒っぽくなっていくなあと告は内心でおもしろく感じた。

 




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