大海原家執務室 1
「──どしたの、やそっち」
大海原家執務室。
執務机の右手にある大きな掃き出し窓からは、昼すぎのさわやかな陽光が射しこんでいる。
窓を開けたらさぞかし気持ちのいい風が入ってきそうな陽気だ。
告は大学時代の友人である所轄の刑事、八十島からのスマホへの通話に応じた。
「時間はぜんぜん空いてないけど、やそっちなら執務の片手間でも話すよ、なに?」
ゆっくりと話すために座っていた執務机から立ち、部屋の一角にある応接セットに移動する。
ソファにドサッと座り、脚を組んだ。
「──時間ねえから、かんたんに言うぞ。このまえの……」
「時間ないの? 捜査の片手間でも僕はかまわないよ?」
「──んなことできるか。うちのベテランさんに一本背負い食らわされるわ」
八十島が語気を強める。
何とも荒っぽい職場だ。
経営者としていちどふだんの様子を見学させていただきたいがダメだろうか。
「んじゃ、犯人さん同伴でもいいので執務室にどぞ」
「──聞け!!!」
いつにも増してせっぱ詰まった感じだ。犯人と格闘中なんだろうか。
「──このまえおまえのこと狙撃したやついたろ。日系のシンガポール国籍ってとこまではこっちもつかんでたんだけど」
「んー……?」
告は宙を見上げた。
「それは、うちのメイドさんに狙撃されるまえ? あと?」
「──おまえ、メイドに狙撃されたことあんの?」
八十島が不審げに声をひそめる。
「よくよく考えると、ありそうでないんだけど」
告は、上体をかがめて応接セットのテーブルの上にあるガラス製の菓子入れのフタをとった。
なかにあるチョコレートを二つほどつまむ。
「あー思い出した。謡子さんのところから帰ったとたんに銃弾飛んできて、やそっちが追いかけて行ったんだっけ」
「──何で人ごとみたいなの? おまえ」
八十島が詰るように声音を落とす。
「まわりが頼りになるからかなあ」
ドサッと音を立ててソファの背もたれに思いきり背をあずける。
八十島がしばらく沈黙した。
照れているのか、それとも追求してもしかたないと判断して切り替えているのか。
「──日本に戻ってきたらしいって入管から連絡あった。たぶん偽造パスポートで」
「シンガポール出張する手間省けたじゃん」
告はチョコレートを口に放りこんだ。
「──俺らはラクんなったよ。んでも、おまえ気をつけろ」
「何で? あのときの彼の雇い主はいま初公判の準備中でしょ。雇い主もいないのにわざわざやらないでしょ」
「──プロだったらな」
八十島がみじかく答える。
「素人さんなの?」
告は問うた。
八十島の背後から品のよさそうな壮年の男性の声が聞こえる。
八十島がうしろを向いて返事をしたようだ。
「サンファイブのもと社長の供述からシンガポール国籍ってやっとつかんだとこだ。──ド素人かプロかはまだ分かんね」
「ね、いま話しかけてきてたのバディさん? ちょっとあいさつさせてくれないかな」
「──何でおまえ、俺のバディにそんなにこだわってんの?」
八十島が訝しげに返す。
「──あ、はーい。すぐ終わります」
八十島がもういちど背後にむけて声を張る。
「んじゃ──分かったな。どうせ探偵業のほうはいまんとこ何もないんだろ? こっちが狙撃犯確保するまでおとなしく執務室こもってろ」
「やそっちが懸賞金つきの案件おしえてくれたらすぐ探偵業にシフトするよ?」
「──日本でそうそう懸賞金つきの事件あるか。税金払ってんだからはよ被疑者つかまえろってこっちが叩かれるわ」
八十島がそう返す。
税金からお給料をもらってるかたは、そこから税金を引かれるんだろうか。
そう考えると何かふしぎな現象に思えてくる。
「はいっ、すみませんっ──いや彼女とかじゃないっす」
八十島が背後にむけて声を張る。
「カレシです」
告がボソッと言うと、八十島が「やかましいわ」と早口で返した。
「──んじゃな」
そうみじかく言って八十島が通話を切る。
あわただしいが、八十島にしては長々と説明してくれたほうか。
告は、ふぅ、と息をついてスマホをテーブルに置こうと体を乗りだした。
ふたたび着信音が鳴る。
画面を見ると、また八十島だ。
アイコンをタップして通話に応じる。
「はいどうしたの? バディさんがごあいさつしてくれるの?」
「──するか。さっきの話の狙撃犯な」
八十島がいったん会話を止める。またうしろを向いて「いま出ます」と早口で声を張った。
「──遺体で見つかったんだとよ。何かダイイングメッセージらしきもんあるっていうから、もしかしたらそっち行くかもしれんわ」




