大海原家食堂広間
「玉一とうふ茶屋の豆腐と六条のねぎ、谷六屋の油揚げのお味噌汁、味噌は特選亀ヶ城味噌。六西きゅうりの浅づけ、塩は耶麻の山塩、閖上産シャケの塩焼き、塩は浪士の塩です」
大海原家食堂広間。
多香乃が淡々と朝食のメニューを読み上げる。
告は、暖炉を背にした長テーブルの上座で箸をとり、味噌汁の油揚げを口にした。
「大江さんはお台所の使用人テーブル?」
「ご本人はそれでいいとおっしゃいましたが、告さんが個室に運んで差し上げてとおっしゃいましたので、個室にお持ちしました」
多香乃が答える。
「そもそも執事さんが使用人用のテーブルってないよね。使用人ではあるけど」
「使用人のトップですからね」
多香乃が真顔でご飯をよそってテーブルに置く。
「ほんとはここでいっしょに食べたいんだけど承知してくれないんだよね……」
多香乃が答えずにカートを押す。
「多香乃さんもここで食べてほしいんだけど」
「使用人ですので」
いつもの塩対応で、多香乃が一礼して退室する。
一人になった食堂広間。
白鳥の湖ロックバージョンに設定していた着信音が鳴る。
告はテーブルの端に置いたスマホを手に取った。
八十島からだ。
「ああ、やそっち。──うん。恋人のほうの六田さんのストーカー話」
きゅうりの浅漬けを箸でつまみながら告は応じた。
「あった? うわーほんとに?」
告は棒読みのような言い方でそう応じた。
大海原家の邸宅からほど近い大きな公園。
夜七時。
外灯に照らされた公園内駐車場に軽自動車を停め、告は運転席から降りてあたりを見回した。
見なれた警察車両を見つけて近づく。
なかをのぞくと、運転席に八十島がいた。
告に気づくと「助手席に」という感じで顔をそちらに向ける。
「うちのメイドさんのお手製お弁当」
告は助手席のドアを開けて、八十島に紙袋を差し出した。
「ども」
八十島がいつもはあまり見せたことのないかしこまった表情で会釈をする。
「いつも何か悪いな、メイドさん……」
「怪しい取り引きしてるみたいだねえ、僕たち」
告は声を出して笑った。
「警察官にいきなり変な罪着せんな」
八十島が紙袋をのぞいた格好で眉をよせる。
「バディさんは?」
告は車内を見回した。
「職務としてやってることじゃないんだって。連れてくるわけないだろ」
「がっかり」
告は助手席のシートに座った。
「そのわりに弁当二人分じゃん」
「連れて来てたら、お弁当が足りないのを口実にお夕飯に誘うつもりだった……」
告は顔をしかめた。
「おまえ何か勘違いしてない? 俺が組んでるの男の人だよ? 俺よりずっと先輩の」
「うちのやそっちがお世話になってますって言いたかった……」
告はため息をついた。
八十島が無言で中のタッパーを取りだす。
このときどき意味不明な友人は、わけが分からなくなったら話を切り替えるに限る。たぶんそう認識している。
「被害者の恋人のほうの六田さんだけど。たしかにストーカーにつきまとわれてるって話はあった。――ただちょっと奇妙っつうか」
八十島が切りだす。
告は無言で夜の公園の景色をながめた。
「被害者がめちゃくちゃ心配してたびたび大丈夫かって聞いてきたけど、当の六田さん本人は誰かにつきまとわれてるって心当たりはまったくなかったって」
「うん」
告はうなずいた。
「だろうと思う」
「どゆこと」
八十島が眉根をよせる。
「ストーカーは、いたけどいなかったんだと思う。たぶんそのストーカーが犯人」
「は」
八十島が顔をしかめる。
「禅問答かよ」
「禅問答どころか、動機はおそらく煩悩満々の三角関係じゃないかな。まあこの辺を調べるのは警察のお仕事だけど」
告はそう答えた。
「犯人の名前、もう言っていいわけ?」
「僕的に取れる裏づけはいちおう取ったから。――今回は容疑者の人たちと直接会う口実がなかなかないからどうしようかと思ったけど」
「ああー……そか」
八十島がフロントガラスの向こうのライトアップされた公園の木々をながめる。
「全員、内勤の会社員さん。しかも現場が高い階の被害者自宅で、僕はのぞくこともできない」
告は助手席のシートに背中をあずけた。
「だから、警察には物的証拠はきちんとそろえてほしいけど」
「言われなくても」
八十島が答えた。




