レジデンスろくはら 1
先日、株価の落ちたところを買い叩いて傘下に入れたドラッグストアのチェーン店は、市内と市外、県外合わせて五店舗ある。
店名ファイブアップだったときの社長が、西道家当主に対する傷害の疑いで逮捕されてから買い叩いたので、さすがに店名は変えたほうがいいとオンラインの社内会議で言われ、こっそり相談した古参の幹部たちにも言われ、会議を終えてリビングに行けば執事の大江にも言われ、食事を運んできた多香乃にも「みなさんのおっしゃるとおりでは」と言われ、味方してくれると信じていた八十島にすら「変えねえとか信じらんねえ」とか言われ、告としては非常に面倒くさかったが店名を変えた。
当初ここを買いとるきっかけになった謡子を記念して「ヨーコドラッグ」にしようかとアポなしで訪ねてきた本人に言ったら、髪を振り乱してキレられた。
「ヨーコドラッグって、いいと思うんだよね。海外の人って、日本人女性の名前といったらまず “ヨーコ” でしょ。海外展開するときに覚えてもらいやすいと思うんだけど」
「そなの?」
八十島が警察車両に背をあずけて事件現場のマンション六階を見上げる。
「ハリウッド映画みてみ。日本人女性の名前というと、とりあえずヨーコだから」
「映画見に行くひまとかあるかよ。映画館のなかでも呼び出し来たら出てかなきゃならんし、スマホの音でド顰蹙だろ」
八十島が、手にした缶コーヒーを飲む。
「んで?」
スプリングコートのポケットに両手を入れ、同じように六階を見あげる告を横目で見る。
「何で現場来てんの、おまえ」
「このまえ傘下にしたドラッグストアの視察に来て、そのついでにやそっちのお仕事の見学」
「視察とかやんの、おまえ」
「やらないと思った? お店なんかだと、とくにやるよ」
告は首をコキコキとかたむけた。
見上げつづけていて首がつかれた。
「あっ、社長、とか言われるわけ?」
「いかにもな視察するわけないじゃん。近所に住む独身会社員って設定で、店員さんに軽く無理難題とか言ってみる」
「やーな社長だな」
八十島が上を見上げて缶コーヒーを飲み干す。
告は手を差し出した。
八十島が怪訝な顔でこちらを見たが、かなり戸惑った表情で空き缶を告に手渡す。
告はあたりを見回してゴミ箱をさがしたが、周囲に空き缶を捨てられそうなところはない。
しかたなく自身が運転してきた軽自動車のドアを開け、なかに置いたダストボックスに空き缶を捨てた。
ドアを閉める。
「大海原の社長にゴミ捨てさせるなんて、やそっちくらいだよ……」
「おっまえが “渡せ” みたいな感じで手ぇ差し出すからじゃん!」
八十島が声を上げる。
「あそこから落ちたんだ、被害者さん」
告はマンション六階の窓を見あげた。
「だな。建物からはちょい離れたアスファルトの上で倒れてた」
「やそっちは現場見たの?」
告は自身が運転してきた軽自動車の車体に背をあずけた。
「現場行くのは、鑑識とせいぜい管理官。俺は資料見ただけ」
「すとーん」
告はゆるい弧を描いて落ちるさまを指先で再現した。
八十島がきつく顔をしかめてこちらを見る。
「おまえな……」
「バルコニーあるんだね。あれがあっても落とせたもん?」
告は問うた。
八十島が、何か言いたそうだったが言わずに六階を見あげる。
「だからまあ、顔見知りだったんだろうって見方はされてる。よほど油断するような人間」
「油断するような人間なら、ダイイングメッセージの準備なんかしないでしょ」
告は言った。
「ああ……そうか」
八十島が顎に手をあてる。
「……もしかして、あれがダイイングメッセージかそうじゃないかで被害者との関係性の見方変わるか?」
「変わるね。このまえやそっちも言ってたでしょ。恋人のカードがべつのセットのものなら、一人は容疑から外れるって」
告は、六階のバルコニーを指先で指した。
「たとえば何らか、バルコニーの真下を見るように仕向ける。身を乗りだす感じで。それならたぶん女の人でも押して落とすのは可能だよね」
「何らかってどんな」
「僕の知ってる不動産屋さんでさあ、事故物件をあえてアピールしちゃって貸してるところがあるんだけど」
八十島が口元をゆがめる。
「どんなふうに知ってんの……業務提携とかしてねえだろうな、おまえ」
「とある事故物件の一軒家で、ベランダからの転落事故が相ついだんだって。借りた人に話を聞いたら、そこにいる幽霊が事故物件の担当者さんに見せかけて出没して、“ベランダが壊れてる”って言うんだってさ。どこ? ってベランダの下をのぞきこむと、“もっと下、ううん、もっと下”って――どんどん下のほうをのぞきこんでいくうちに、落ちたって」




