大海原家執務室 3
「大好きなやそっちに、もうひとつ質問」
「──切るぞ」
八十島が不快そうに返した。
夕方ちかくの繁華街のガヤガヤとした声が背後から聞こえる。
「被害者さんは、ほかのタロットカードはどこにしまってた?」
「──ほかの?」
八十島が怪訝そうに聞き返す。
「動画でタロット占いチャンネルやってた人なら、たぶん何種類か持ってたと思う。まずは定番のライダー版かウエイト版かマルセイユ版」
「なにか違いあんのか?」
八十島が問う。
すこしソワソワした感じだ。聞き込みも気になっているのか。
「いちばん大きな違いは、正義のカードと力のカードの順番が逆ってとこかな」
「それ、事件と関係あるのか?」
「今回はないよ」
告は答えた。
八十島が沈黙する。切るか、もったいぶって核心を話していると想定して聞きつづけるか、判断に迷っているようだ。
「──もうだいぶ分かってんのか? 犯人だれだ、いますぐ吐け」
「さっき多香乃さんのおかげでスッキリ分かったとこ。でも僕も裏づけちゃんと取りたいからさ」
「──大根のメイドさんか……」
八十島がつぶやく。
「ユーチューブで占いというと、ある程度画面に映えるようなきれいな絵柄のカードとか、珍しい絵柄のものとか複数持ってたんじゃないかな」
「なるほど……」
ソワソワと横を見ながらという感じで八十島がそう返す。
「──ちなみに被害者の部屋にあったのは、なに版」
八十島が問う。
「PCのうしろに並べられたのはライダー版。恋人のカードだけたぶんウエイト版。多香乃さんの助言を聞くまで僕も判断に迷ってた」
八十島が沈黙する。
何か考えているのか。ガヤガヤした通りの声とどこかの店のテーマソングらしきものが聞こえる。
「えっ──違うセット?!」
かなり間を置いてから八十島がそう声を上げる。
「鑑識のガチ勢さんもここは気づかなかったみたいだね。まあライダー版とウエイト版は基本的に絵はそっくりだから」
「……逆に何でおまえ、そんなものに詳しいの」
八十島が不審げに声音を落とす。
「ライダー版とウエイト版は、ウエイト版のほうが微妙に絵柄がきれいというかスタイリッシュなんだよ。作られた時代の印刷技術のちがいのせいなんだけど」
告は言った。
「犯人は、このへんの知識はない。というか、おそらくタロットカードの知識自体ない」
「──だから何でおまえがそんな知識あんの……」
八十島がげんなりした声で返す。
しばらくソワソワと通話口から顔を離したようだったが、ややして話をつづけた。
「──そっちの資料にも入れたと思うけど、参考人として話を聞いた人は、全員タロットの知識はないって言ってる」
「おけ」
告はそうと答えた。
この場合、下手に知識があると言えば疑われかねないと考えるのがふつうの人だろう。
全員の供述が信用できるとは思わないが、ともかく犯人にカードの知識がないのは確定だと思うのでまあいいかと思う。
執務室のドアがノックされる。
返事をすると、多香乃が一礼して入室した。
「これから夕飯の買いもの?」
告はスマホの通話を切りながら問うた。
「その通りですが」
「タロットカード買ってきてくれる?」
告はそう伝えた。
多香乃が怪訝そうに眉をよせる。
「おもに書店などで売っているのは承知しておりますが、デザインに種類や好みがあるのでは。食材の大根をたのむような口調で言われましても」
なぜ大根なんだろう。
じつは好物なんだろうかと告は思った。
「さすが多香乃さん。売ってるところ、ちゃんと把握してるんだ」
告は笑いかけた。
「僕はたまたまタロットカードのことちょっと知ってただけで、やそっちになんどもツッコミ入れられたけど」
「八十島刑事のお気持ちお察しいたします」
多香乃が真顔で言う。
どういう意味なんだろうと告はとりあえず愛想笑いを返した。
「デザインはライダー版とウエイト版。パッケージに書いてあると思う」
告は執務机の上にあるタブレットを手に取った。
ライダー版の魔術師のカードを検索する。
「こんなデザインのやつ」
多香乃がかがんでタブレット画面をじっと見る。
「あとは多香乃さんの好きなデザインでいいよ。耽美的なやつでもかわいいネコのデザインでもヒロイックファンタジーみたいなやつでも」




