大海原家執務室 3
「被害者の家にいちばん最初に到着したのって麻木 寿人氏なんだ。んで、第一発見者が時田 潤氏」
大海原家の執務室。
告は執事が調べてくれた紙の資料をタブレットに保存し、あらためてスクロールした。
恰幅のいい体型に一部の隙もなくきちんとした正装をまとった執事、大江 正房が折り目正しく一礼する。
「伊地 悠司氏とウルバーノ・一色氏は、かなり遅れて来たんだ。――ふぅん」
告は頬杖をついた。
「そのあとで来たのが、輸入代行業者の義堂 樹氏……」
資料をスクロールする。
「時田 潤氏は、被害者に借金があった模様。ウルバーノ・一色氏と伊地 悠司氏は過去に女性のことで被害者と揉めたことあり……」
大江が調べてくれた資料には現場の見取り図まであった。見取り図のあちらこちらを指でたどる。
「けっこう広い家なのに家政婦さんとかはいないんだ」
「どこのお家にも家政婦やメイドがいるとお思いですか?」
大江が白髪まじりの眉を軽くよせる。
多香乃にも同じことを言われたなと告は思った。そんなに気にされるような発言なのか。
自身の腕につけた腕時計を見る。
「まあ、このさい着いた時間が厳密に何時何分かまではあんまり関係ないだろうね。どうせ犯人はごまかしてる」
「さようで」
大江がそう返事をする。
「それでもここまで調べてくれたのはありがたいよ。警察と違って捜査できる範囲せまいからね」
告は笑った。
「そのかわり、あっちよりも法とか世論とかにガチガチに縛られるわけじゃないから、どっこいなのかもしれないけど」
そうつづけて告は顔を上げた。
「ありがとう、大江さん。台所に多香乃さんが用意してくれた玉露と、かんいち屋のゆべしがあるから今日はあとゆっくりして」
大江が台所のほうを振り向く。
「小野 多香乃さんは、無事にもどってくださいましたか」
「まだ半分もどり状態。時給制で夕食と朝食の作り置きとデサートの用意ならいいって言ってくれたとこ」
告はそう答えた。
「だから大江さん、まだしばらくは辞めたことにしといてくれる? 多香乃さんって同情してしぶしぶ手を貸すタイプだと思うから」
告はニッと笑った。
「お台所にはコッソリ行かなくてはなりませんか」
「今日はもう帰ったから大丈夫だよ。しばらくは多香乃さんが来てるときはメールで連絡する」
告はタブレットをスクロールした。
大江がこちらに向き直る。
「メイドとしては優秀なかたですが、見込んだだけのことはありましたか?」
「あったよ。多香乃さんの目がなかったら、うっかり犯人を大間違いするところだった」
郊外にある大手宅配業者の事務所。
敷地のほとんどは大型トラックが何台も停まる駐車場と倉庫だ。
告は車を停めて敷地内を見回した。
大型トラック荷台後方のリヤドアを開けて、荷物の積み下ろしをしている人々があちらこちらに見える。
一台のトラックの後方に、ワゴン車が停まった。
コートの男性が降りて、スタスタと事務所のほうに向かう。
告は駆け足でそちらに走りよった。
男性のことが目に入ってないふりをして、ドンッとぶつかる。
「えっ、あ。すみません!」
告は大きな声で謝罪した。
男性が手にしていたファイルを落とす。なかから何枚もの伝票が散らばった。
「すみません!」
告はあわてたふりをしてしゃがみ、両手でかき集めた。
「まあ……うん」
男性が、少し迷惑そうな顔をしながらもいっしょに拾う。
「すごい伝票。なんか宅配関係の業者さん?」
告は問うた。
「ああ……まあ」
男性は苦笑して言葉を濁した。
「僕、いまいい輸入代行業者のかたさがしてて。父の会社でいままで契約してた方が老衰で亡くなっちゃったんで」
そう言い、告はさりげなく髪をかきあげた。スプリングコートの袖からのぞく高価な腕時計をチラリと見せる。
営業熱心な人なら今の話だけでもとりあえず名刺を差しだすかもしれないが、社長のボンボン感を出したほうがより説得力があるだろう。
男性が手首に目を止めた。
「ああ……まあよかったら」
男性が内ポケットから名刺入れをとりだし、名刺を差し出す。
「輸入代行業 義堂 樹」と表記されていた。
「え、まじ? ぐうぜんだなあ。ここ来ればお一人くらいはこういう業者のかたいるかなって思ってたけど」
告は声を上げた。
「ラッキー! 父に相談してみますね」
相手の肩をバンバンと叩く。
「うん」
義堂 樹が名刺入れをしまう。
「ただとうぶんは新しい仕事入れられるか、ちょっと」
「お忙しいですか」
告はそう応じた。
「何ていうか……先日、友人が急死してちょっと気分が落ちつかないっていうか」
義堂 樹が口元を引きつらせる。
「……いや、あなたには関係ない話ですよね」
「それはそれは」
告は義堂 樹の横顔を見つめた。