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メイドの土産 〜ボンボン探偵✕毒舌メイドの事件簿〜  作者: 路明(ロア)
【5】いつでもお電話ください。二階の女が気にかかる

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西道家本邸 1

 西道(さいどう)家本邸。


 裏手にある駐車場に愛用の軽自動車を停めると、(つげる)はネクタイを直しつつ降りた。

 正門にまわり三段ほどの階段を昇る。

 太い柱に重厚な門扉、見事に拭かれた群青色の(かわら)屋根が見下ろす純和風の門。

 むかしから知っているが、ほとんどくぐったことのない門だ。

 門扉の横にインターホンがあるのは分かったが、告はあえてそこには触れずに門扉の真ん前に立った。


「たのもーう……」


 何となく言ってみる。

 遊んでみたところで、あらためてインターホンのほうにと思ったところ門扉が内側から開けられた。

 長い黒髪をハーフアップにした着物の少女がこちらを睨んでいる。

 謡子(ようこ)だ。

 手ずから開けてくれたらしい。

「こんにちは、謠子さん」

 告はほほえみかけた。


「まだ三日は経っていませんわ」

「きょうはお祖父(じい)さまにです」


 謠子が無言で睨みつける。

「そんなふうに睨まなくても、お祖父さまにまでプロポーズしたりしませんよ」

「なぜそういういかがわしい返しができるのかしら」

 謠子が着物の(そで)で口元をおさえる。


「お祖父さまはご多忙でいらっしゃるので、わたくしがお相手いたしますわ」


 謠子がきびすを返して敷石の上を歩き案内する。

「それはだめ。ちゃんとご当主と話しをさせて」

「どうせわたくしのしたことでしょう? お祖父さまは関係ありませんわ」

 謠子がこちらを振り向いて語気を強める。

「それはご当主のお返事しだいですよ。お返事しだいで大海原(わたのはら)がさらに傘下を増やすか――」

 謠子がもういちどこちらを睨みつけてから、前方を向いて歩を進める。

「――それとも西道グループが株のすべてを買い叩かれるか」

 謠子がしばらくしずしずと前を歩く。

 ふいに勢いよく振り向いた。


「おなじではありませんの!」

「違いが分からないなら引っこんでてくれます?」


 告はにっこりと笑いかけた。




 二十畳ほどのたたみ敷きの和室。

 開け放たれた障子戸からはきれいに手入れされた日本庭園がながめられ、太く印象的な樹を柱にした床の間には、応挙のものと思われるニワトリの画がかけられている。

 さきほど勧められた座ぶとんに正座し、告は向かい側の座ぶとんに座る老人をまっすぐに見た。

 八十歳を越えていると聞いているが、しゃんと背を伸ばし海老茶色の着物をきちんと着こなしている。


 西道家の当主だ。


「ごふさたしております」

 告はそうあいさつした。

「まあ、もともとそちらさんとは代々あまり顔を合わせんようにしとるが」

 西道家当主が答える。


 カコーンと庭のししおどしの音が鳴る。


 ドラマみたいでいいな。うちの庭にもつけようかなどと告は内心で思った。

「若い方には正座はきびしいか。なんなら脚をくずしても」

「いえ。いちおう幼少のころに書道をやっておりましたので」

 告は答えた。


「とはいえ、あまり大海原(わたのはら)の人間と長い時間いたくもないでしょう。――まずは単刀直入に申し上げます。サンファイブの社長から勧められたアレルギー性鼻炎のお薬は、いますぐ服用をおやめください」


 西道家当主がわずかに目を見開いた。

「孫のことで来たわけでは?」

「そのお話もしに来ました。ですが順番としてはこのお話が先かと」

 庭の池の水がちょろちょろと音を立てる。

 

葛根湯(かっこんとう)を気に入られていると以前ひとづてに聞きました」


 西道家の当主がわずかに眉をよせる。

「たいていのアレルギー性鼻炎の薬は、葛根湯と併用してもなにも問題はありません。ですがプソイドエフェドリン入りのものと葛根湯を併用すると、副作用で頻脈(ひんみゃく)や動悸を起こすことがあります」

 告はそうつづけた。

「失礼とは存じましたが、最近の動向を調べさせていただきました。体調をくずされてひんぱんに主治医を呼んでいらっしゃるようで」

 西道家当主が、おずおずと胸元に手をかざす。


 やはり症状に心当たりがあるのか。


「もちろん僕は、サンファイブの社長が知らずに勧めたということもありうると思いました。どちらも一般的な市販薬ですし、毒物というわけでもない」

 「ですが」と告はつづけた。

「さきほど、謠子さんの件を担当している捜査官から連絡をいただきました。――サンファイブの社長は、この飲み合わせの副作用について知り合いの薬剤師に念入りに聞いていたと」


 西道家当主が目を見開く。


「ここからは僕の推測です。サンファイブの社長は、あなたの体力を削いで経営の場に出てこられないようにしたあと、謡子さんに何かふきこんだのではと。――たとえば西道グループが実はかなり危ないとか」


 ガタッとふすまの向こうで音がする。

 何だ聞いてたのかと告は思った。変な行動力だけはあるお嬢さまだなと思う。


「僕を誘拐、脅迫して経営権を譲渡させるくらいしか手はないとか、まあそんなところですか」


 ししおどしの音が鳴る。

「そのあとで何らかの方法で西道グループの社長の座を乗っとるつもりだった。――方法はいくつかあると思いますが、たとえば謠子さんの行動で一時的に株価を落としたところを買収するか、もしくは謠子さんに株価下落の罪悪感を持たせて妻にするとか」

 ふすまの向こうから衣ずれの音がする。


 男嫌いの謠子の嫌悪感に満ち満ちた表情を想像して、告はついもっとえげつない推測を言ってみたい気分になってしまった。


 

「――証拠として挙げたものについては、お好きなだけ裏付けをとってください。警察が調べたものについては、西道家からの問い合わせがあればできる限り応じてくれるよう担当の捜査官におねがいしておきました」

 告はそうつづけた。





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