大海原家執務室
「例えば」
告は執務イスに座ったままズイッと身を乗りだした。
「 “西道グループ元社員が経営する企業の社員、ライバル会社の社長を狙撃、逃走” ……」
告は新聞の見出しふうにつぶやいた。
「まだちょっと弱いかな?」
「何だそれ」
八十島が軽く眉をよせる。
「西道グループのスキャンダル記事のタイトル」
告は答えた。
「西道グループが主犯みたいに聞こえるな」
「新聞や週刊誌の記事タイトルなんてそんなもんでしょ。マイナーな会社が表紙にあるより、大企業の西道グループの名前があるほうが、やそっちもみんなも読むじゃん」
「何たくらんでる」
八十島が腕を組んで目をすがめた。
「ふつうにビジネスだよ」
告は肩をすくめてみせた。
「会社辞めて独立した人が、もとの会社とその後もつながりあったり業務提携したり仕事を委託されたりなんて、ふつうによくあることで」
「うちも仲の悪い署とそうでもない署とあるわ」
八十島がやや早口で口をはさむ。
「相手の会社を傘下に入れたいときに、株買ったりするでしょ。でも大量に買うと資金も税金も要るから、その株が安いときに買う」
「よく知らんけど」
八十島が眉をよせる。
「でも安くなるときを待ってるなんてまどろっこしいから、その会社のスキャンダルをわざと作って、株価を落としちゃう――そういう手口って実はあって」
八十島が目をすがめる。
「だから僕なんて、ふだんの行動ほんと気を使うのなんのって」
「そのわりに公道で俺が追ってた犯人にクレー射撃の銃つきつけてたよな、たしか」
八十島が口元をゆがめた。
「当主が犯罪を犯しましたなんて報道されたら、株価がかなりヤバい」
「あのな銃刀法……」
八十島が額に手をあてる。
しばらくしてから、軽く目を見開いた。
「西道グループの社長の孫娘だっけ……おまえを誘拐したの」
「そそ。あんな世間知らずのお嬢さまを唆したのってだれだろうって」
「黒幕言ってたのそれか」
八十島が腕を組む。
「でもああいう御家のお嬢さまってそういうの分からないもんか? 自分の行動の影響が大きすぎるって」
「そういうのをあまり教育されてない人もいるし、やむを得ない事情があったのかもしれないし」
「例えば?」
八十島が問う。
「お祖父さまの不治の病を治すお薬と引きかえに政略結婚を迫られてるとか」
告は背もたれに背をあずけた。
「なので僕がプロポーズして、かるーく対立候補になってきたわけだけど」
「……どこまで本気で言ってんだ、おまえ」
八十島が顔をしかめた。
「ま、やそっちはあとチーズケーキと紅茶を嗜んだら戦線復帰して」
「言われんでも……」
スマホの着信音が鳴る。
八十島がスーツのポケットをさぐりスマホをとりだした。画面を見る。
「だれ」
「バディの人。早く戻れってだろ」
八十島が画面をタップして耳にあてる。
「──はいっ。すみません」
「今日こそごあいさつを」
告が身を乗りだして伸ばした手を、八十島は背中を向けて避けた。
「大江ですが」
執務室のドアがノックされる。
さきほどから夕焼けで空が赤く染まりだしていた。
執務室の窓からも赤い陽光が射し、机の上の一角を朱色に染めている。
「どうぞ」
告はノートPCのマウスを動かしながら返事をした。
しずかにドアが開く。
執事の大江が姿勢よく入室し、きれいな仕草で一礼した。
「大江さんなら、べつにノックなしでいいけど」
「ほかの使用人に示しがつきませんので」
「ああ、なるほど」
告はマウスを動かした。
「西道グループのご当主は、ここ一ヵ月ほど公の場に姿を現してはいないとのお話で」
大江が落ちついた口調で言う。
「どこソース?」
「西道グループ役員の家を紹介した、ここの元メイドです」
「ありがとう」
告はそう返事をした。
「そちらに行ったのは小町さんだっけ。ありがとうって伝えておいて」
「伝えておきます」
大江が答える。
「一ヵ月か。まあご高齢だからね。急に何かあったとしても」
「しかし壮健な方だったのですが……」
大江が宙を見上げる。
「まあ、持病といえばいえるものは、軽いアレルギー性鼻炎くらいですか」
大江が言う。
告は顔を上げた。




