大海原家正門前
銃声が響く。
大海原家の外塀にそって、大柄な人影が走っていった。
「狙撃?! あいつか!」
八十島が「車体からはなれろ」と手で合図する。
告がはなれて塀のそばでかがむと、すぐに車を発進させて人影を追う。
「告さん、いまのうち! 援護するから走ってください!」
玄関の扉から多香乃が顔を出す。得意のライフル銃を構えていた。
「多香乃さんに撃たれたのかと思った」
告はつぶやいた。
さきほどのガスを押し出すような音は、サプレッサーをつけた狙撃ということか。
「僕の代は平和だと思ったら一気にきたな……」
告は周囲をうかがい、自身のいる場所から玄関口までの距離を目で測った。
「なんですか?! なにかそちらで不都合でも起こっているんですか?」
玄関口の多香乃が声を上げる。
「いや、多香乃さんにー!」
告は口の横に手をあてた。
「多香乃さんに狙撃されたのかと思ったー!」
多香乃が玄関口で沈黙した。
ややしてからライフルの銃口をスーッとこちらのほうに向ける。
「くだらないことは後にしてください! さっさとこちらに退避しないと撃ちますよ!」
「どっちにしても撃たれるんだなあ……」
告はしゃがんだ格好で眉根をよせた。
狙撃手は逃げたのか。八十島が警察車両で追ったのちは、ガスを押し出すような銃声は途絶えた。
告はしゃがんだ格好のままそぉっと歩を進めた。
周囲に人の気配がないのをもういちど確認してから素早く門内に入り、手近な庭木に身をひそめる。
ふたたび周囲をうかがって、しゃがんだまま敷石の上を進んだ。
「告さま」
落ちついた年配男性の声がする。
玄関口まであと二、三メートルほどというところまで来ると、執事の大江が顔を出した。
「大江さんがいたのか、よかったあ。多香乃さんが僕に殺意を持ったら悪いけど止めて」
告は、背の高い庭木のあいだに挟まれながら苦笑いした。
「雇い主に殺意なんて持つわけがないでしょう。そこで狙撃されても骨をひろう義務はないと認識してますが」
ライフルの銃口がこちらを向く。
多香乃がこちらを向いたせいなのか、それともさり気なく狙いを定めたのか。
「遠まわしに殺意あるよなあ……」
告は正門の向こうの通りを確認してから、手近な低木のかげに移動した。
正門のほうから、コツ、とかすかな音がする。
多香乃がそちらに向けて銃口をかまえた。
引き金に指をかけて、じっと音のしたほうを睨みつける。
告もおなじ方向を横目で見た。
そのまましばらくじっとしていたが。
ただの近所の生活音か。
それ以上の状況の変化がないのを確認して、告はまたしゃがんだまま移動した。
正門のほうをもういちど確認して立ち上がり、一気に玄関口まで走る。
告が玄関の敷居をまたぐと、大江が庇うようにうしろにつき、多香乃が手早くドアを閉める。
パタンと音がして、多香乃は銃口を下に向けてライフル銃を持ち直した。
はあ、と告は息を吐いた。
「何あれ。予想してたの? 二人とも」
「予想してはおりませんでしたが、当主が誘拐されたとなると万全の備えをと」
大江が答える。
「ここまでのことがあるとは思いませんでしたけど、実弾ではなくゴム弾を用意しておいてよかったです。空気抵抗を受けやすいので、有効射程は短いのですが」
多香乃が平然とした顔で薬莢を落とす。
つまり本気で対人間を想定しての装備ということだろうか。
もしかすると常備しているのか。
やはりスリリングで飽きない人だなあと告は感心した。
「とりあえず食堂へ」
うながす大江のうしろから、ライフル銃をかついだ多香乃がついてくる。
廊下の途中で「お茶を」と言って台所のほうに行った。
「誘拐した犯人は、西道グループ社長の孫娘、謡子さまと八十島刑事から報告を受けておりますが」
多香乃が台所に入っていくのを見送ってから、大江が切り出す。
「うん、謠子さん」
告は答えた。
「告訴はまだされていないとか」
「三日だけ時間をもらってきた」
告は、食堂広間のドアを開けた。
「三日ですか」
「西道家のご当主が健在かどうか、やそっちに調べてって頼んだ。――狙撃手を追って行ったから、撃たれてなければ調べてくれると思うけど」
告は食堂広間の窓から正門のほうを見た。




