警察署一階 被害者用の事情聴取室 3
「入れ替えたところで、さいしょの三行ちょいの前置きがヒント。“一番ではなく二番め”って書いてあるでしょ」
告はタブレットの画面を指さした。
八十島が該当する文章を目でさがす。
「これヒントなのかよ」
眉をよせた。
「そもそも多香乃さんに対してこんな話になるわけないじゃん」
「サイバー課の子も聞いてたな。ほんとうにこういう関係性ですかって」
八十島が、ふぅと息を吐いた。
「プライベートよく知ってるやそっちが警察署内にいてくれて助かった」
「俺がいなくても、執事さんかメイドさん本人が証言するだろ……」
八十島が答える。
「 “一番ではなく二番め” の行を読んでねって意味」
「二行め。“ますますきみが愛おし……” 」
「そっちじゃなくて、タテに」
告は人さし指をタテに動かした。
八十島が眉をひそめてタブレット画面を見る。
「か、す、手、ろ、え、す、ペ……」
そこまで読んで、「クソッ」とでも毒づきたそうな表情で顔を上げる。
「さいごまで読もうよ、やそっち」
告は微笑を返した。
「かす手ろえすペらんさかがみ」
「よくできました」
告はそう返した。
「あーくそ。解きかた聞くと何かくやしいわ」
イスの背もたれにからだをあずけて、八十島が思いきり上体を反らし天井を見上げた。
「サイバー課の子が書いたのもおなじ解き方。ただし前置きに “三番めでもいいのです” とあるから、こちらは三行めをタテ読み」
「ようもこんなんサラッと書くよな、おまえら」
八十島が天井を見上げたまま額に手をあてる。
「コツ覚えるとけっこう簡単だよ? 何なら、そのサイバー課の子にお礼のお返事書きたいんだけど」
「勝手にしろよ……」
八十島が大きく息を吐いた。
かんたんな事情聴取を終えて自宅についたのは、夜の八時すぎだった。
八十島に警察車両で送ってもらい、告は大海原家本邸の門のまえに降り立った。
玄関と食堂とリビングに電気がついている。
多香乃が帰宅している時間帯をねらって帰ってきたが、もしかすると玄関口か食堂でライフル銃を構えられているかもしれないと想像する。
「本妻が犯罪上等のわがままお嬢さまで、二号さんがライフル銃をあつかい慣れてるちょっとサイコな人って生活、あんがい本気で考えてもいいかも」
告はひとりごちた。
「……なに言ってんの、おまえ」
八十島がエンジンをかけたままで運転席のサイドウインドウを開ける。
「ほんとにスリリングで退屈しなそう」
「夜もうっかり寝れんわ、そんなん」
そう返して顔をしかめる。
「はやく家んなか入れ。門のまえか庭で報復の襲撃ってのもあり得るから、いちおう見届けなきゃ帰れねえんだよ」
「報復の襲撃……」
告は玄関口を見つめた。
くるりと八十島のほうを向く。
「ねね、やそっちは黒幕ってだれだと思う?」
「知らねえよ」
八十島が眉根をよせる。
「つかなに。黒幕ってあのマンションにいた古風なお嬢さまじゃねえの?」
「彼女はいわゆるJC時代にも僕を誘拐しようとしたことがあるらしくて。――僕のほうが誘拐犯に見えそうなので回避したんだけど」
告は顎に手をあてた。
八十島が目を丸くしてこちらを見る。
「お……おう」
なにかものすごく曖昧な返事をする。
「ご当主のお祖父様は元気? と聞いたら、“健在にしてる” と答えたんだよね、彼女」
「元気にしてんだろ」
八十島が答える。
「人にもよるけど、元気かと聞かれたら、元気だと答えない? 定型文みたいなものだし。わざわざ “健康にしてます” と答えられると、健康じゃないのを隠そうとしてるように感じる」
八十島が、だまってフロントガラスのほうを見る。
「調べてくれない? やそっち」
告は車のピラーに腕をかけて運転席をのぞきこんだ。
「何でだよ」
「捜査員さんなら大企業グループのトップの動向さぐるなんて簡単じゃん」
「おまえはなに。探偵じゃねえの?」
八十島が眉根をよせる。
「僕が西道グループの周辺うろついてたら思いっきりカモネギだよ。また暗号で駆けつけてもらっていい?」
チッと八十島が舌打ちする。
「ほかの捜査の合間だからな。すぐとかは指定す……」
チュン、ともチュイン、ともつかないガスが押し出されたような音がする。
近くの庭木の茂みがガサッと大きく音を立てた。
玄関口のドアが開く。
隙間からライフルの銃口がのぞいた。




