大海原家食堂広間
「玉一とうふ茶屋の豆腐と一蔵のワカメのお味噌汁、味噌は特選亀ヶ城味噌。亀岡の温崎カブの浅づけ、塩は耶麻の山塩、閖上産サンマの塩焼き、塩は浪士の塩です」
大海原家の食堂広間。
明治の時代独特の和洋折衷の内装に、しぶいダークブラウンの調度品で統一された重厚な雰囲気の室内。
メイドの制服を身につけた多香乃が、カートに炊飯器と味噌汁のナベとおかずのトレーをのせて運んでくる。
「こちらは肉じゃが。桜本青果のメークイン、佐々蒟蒻堂のしらたき、お肉はお好みもあるでしょうけど豚肉を選びました」
一品ずつていねいに長テーブルに置く。
「お台所に朝食を作り置きしておきました。あすの朝は、お味噌汁はご自分であたためてください」
「ありがとう」
暖炉のまえの上座で告は礼を言った。
「では」
多香乃が一礼して立ち去ろうとする。
「あ、待って。多香乃さん」
告は呼び止めた。
「言い忘れました。食後の甘木茶舗の玉露とデサートの一万石のスクードパイもお台所にご用意しております」
多香乃がもういちど礼をする。
「一人で食事するのさみしいんだけど」
「だからなんですか」
多香乃が眉をよせる。
「多香乃さんの分は?」
「自宅で食べますので」
「お食事つきあってくれたらその時間分の時給払うよ?」
告は、味噌汁の椀を手に持ちワカメを箸でつまんだ。
ダシはかつお節か。いい香りだ。
「そういう職種ではありませんので」
多香乃が淡々と言う。
「じゃ、プライベートとして」
「それでは時給が発生しないでしょう」
いちいち頭の回転いいなと告は思った。
お婆さんの代から大海原家に務めていた家の人なので、学生のころから知っているが。
「銃砲店をやってるお爺さま、元気?」
「……あしたの夕食はフグを希望ですか?」
多香乃がそう返す。
「多香乃さんってシャレもいけるんだ」
「本気で言っていますが。フグの調理師免許は持っていますので、鍵つきのゴミ箱をご用意しておいてください」
多香乃が言う。
いまだと料理にわざとフグの内臓を入れられそうな気がする。
フグはもう少し経ってからおねがいしようと告は思った。
「まあ座って。いま手がけてる事件のこと話せる人がいなくてさ」
告は手近な席をすすめた。
「わたしは話す気もありませんが」
多香乃が眉をよせる。
「まあそう言わず」
「あとから思ったのですが、あの現場写真とやらは捏造された画像かなにかでは?」
告は箸を止めて味噌汁にしずむ豆腐を凝視した。
「ちゃんとした刑事さんから回してもらった現場写真だけど、何かおかしかった?」
「ダイイングメッセージを書くのに使われたデミグラスソースの色が、バラバラだとあとで気づいたんです。書かれてから乾くまでの時間がそれぞれ違うということでは?」
告は椀を置いた。かたわらに置いたスマホを手にする。
友人の刑事から送信してもらった画像を表示させた。
「ダイイングメッセージなら、一気に書くものでしょう? 時間差があるなんてなんだかインチキっぽいなって」
「どこ? どの文字?」
告は多香乃に画像を見せた。
自身には書かれた文字の色はすべて同じに見えるが。
多香乃が、かがんで画像を見る。
「……あ、バラバラというか二種類なんですね、あらためて見ると」
多香乃がダイイングメッセージの部分を指さす。
告は、指さした箇所を中心に画像を拡大させた。
「どれとどれが同じ色? 指さしてくれる?」
多香乃が怪訝な顔でこちらを見る。こんなあたりまえのことをと言いたげだ。
「JとGが同じ色、UとIが同じじゃないですか」
告は画像をじっと見た。
「ありがとう。やっぱり多香乃さんでよかった」
「ほめてもお食事までごいっしょはしません」
多香乃が眉をよせる。
「あしたから夕食は三人分つくって。多香乃さんのと来客用」
「わたしは食べませんと」
「あ、デサートも三人分おねがい」
多香乃が無言で眉間にしわをよせる。
「あと英会話教室、せっかくだから楽しんでね。受講料の心配はいらないから」