西道家謠子私邸 リビング 5
見張りをしていた大男と謡子にともなわれ、告はリビング中央のテーブルにうながされた。
上品な丸いテーブルに置かれたノートパソコンを謠子が楚々としたしぐさで両手で開く。
「これなら使ってもよろしいわ」
多少の操作をしてから謠子がイスに座るよううながす。
「ありがとう」
告は愛想笑いをしてイスに座った。
大海原のサイバー調査係ならこれでメールするだけで居場所を突き止めてくれそうだが、警察とどう連携してくれるかは分からないので、できる限りの方法はとってみようと思う。
告は、イスに座りキーボードを打ちはじめた。
大男はリビングの入口に退避したが、謠子が背後からのぞきこむように画面を見ている。
「……謠子さん、気が散るんですが」
告は横目で見ながらそう伝えた。
「告さんのことですもの。なにを企むか分かりませんわ。なにか暗号とか」
「こんな即興でバレにくいものを書くなんて僕にはムリですよ。あとで読ませますから」
そう言いキーボードを打つ。
「誘拐されたなんて打ってごらんなさい。あの男に言って首をへし折ってもらいますわ」
謠子が見張りの大男を指さす。
「そうしたら殺人教唆に問われて、よけいに西道グループの看板に泥を塗るのではと」
そう返すと、謠子がグッと言葉に詰まった。
「大丈夫、書きませんよ。僕だって代わりに恋人が拐われたらイヤですから」
カシャカシャとキーボードを打つ。
打ち終えると、告はイスを引いて謠子に確認するよう手で示した。
謠子が小柄な着物姿を少しかがませて画面を見つめる。
ふくら雀結びにした帯が少々邪魔だな……と告は思った。
ID:10011
愛しの多香乃。しばらく帰れないけど心配しないで。
きみを一番ではなく二番めにしてしまうことを心苦しく思う。だが僕たちの思い出が消えることはないと思ってる。
こんなに愛しく思えるきみと出逢ったのは9月だった。
しろ地に四つ葉のクローバーの柄がきみにはよく似合っていた。
さかの上から一生懸命手を振ってたきみが好きだよ
きみとの毎月13日の逢瀬はとても楽しみだった。
アペリティフはやはりG7カベルネ・ソーヴィニョンが最高だね。
和えものはきみの料理の中で5本の指に入るおいしさだと思う
さらをおそろいで買ったのは8月だったね。
あかい財布をきみにプレゼントしたのは11月だったかな。
かがみを見て不満を漏らしてたけど、きみは十二分に美しいと思う。
ますますきみが愛おしい。2番めなんて本当は言いたくない。
まさかしばらく会えなくなるなんて。十分に考えられたことだけど
後手後手になって情けない。再三言ってるけど健康には気をつけて
あす約束してた6時には会えないかもしれない。ごめんね。
「ほんとうにラブレターですのね」
謠子が意外そうに言う。
「あんまりまじまじと見ないでくれる? 恥ずかしいから」
告は苦笑した。
「このIDとはなんですの?」
謠子が画面を指さす。
「会社での僕のID。これ書かないと僕だって証明できないでしょ?」
「ずいぶんと単純なIDですのね」
謠子が眉をひそめる。
「単純じゃないとすぐ忘れるから。メモとかしても失くすかもしれないし」
「……知り合いの家のお嬢さまが、IDをメモに書いて机に貼っていたら、使用人が掃除したふりをして取って行って危険な人物に渡していたと聞きましたわ」
「でしょ? 僕もそういうの警戒してるから、メモするわけにもいかないし」
告は微笑した。
「確認した? 送信していいかな」
謠子がいつまでも画面を見つめている。
なんとか暗号と思われる箇所をさがそうとしていたようだったが、だいぶ経ってから、ふぅと息をついた。
「よろしいですわ」
謠子が、かがんだ姿勢のままメールアドレスの欄にカーソルを動かす。
「告さんのスマホに送りますわ」
「助かった。僕のスマホ、誘拐されたときに台所に落としてきたみたいだったから、彼女のメアド分からなくなってて」
告はにっこりと笑った。
プライベートのメアドの一つが調べられていたくらいは想定内か。
拐われたときに見られたのかもしれない。
「これで、ひとまずは彼女に安心してもらえる」
告は胸に手をあててホッと息を吐いてみせた。




