西道家謠子私邸 リビング 2
「外すとお思いなの?」
謡子が優雅に首をかたむけて微笑する。
「僕をここに拉致してきた大男がいるんでしょうから、べつに抵抗されたところで平気でしょ? 何なら、あの男に見張りさせればいいのに」
告は言った。
「イヤよ。ああいうむさ苦しい不細工な人、嫌いなの」
謡子が言い放つ。
「ご自分で雇った人でしょお?」
告は目を丸くした。
「執事があの男なら確実だっていうから。イヤだってなんども言ったけど」
謡子は爪を噛んだ。
「あんな美しくない男に、命令するのも報酬を払うのもイヤ」
「報酬は払ってあげようよ」
告は顔をしかめた。
「んじゃ、これ外してくれる気はないんだ」
告は縛られた自身の腕をモソモソと動かした。
「告さんて、わりと油断ならないかたなんですもの」
謡子がソファのかたわらの白いイスに座る。
膝の上で品良く両手を組んだ。
「抵抗もできずにあっさり拐われた情けない男ですが?」
告は言った。謡子が疑るようにほそい眉根をよせる。
ふう、と告はため息をついた。
「分かりました。じゃあ、解いてもらうのはひとまず諦めます」
「そうなさって」
謡子が穏やかな口調で言う。
「じゃあ、食事のときは謡子さんが食べさせてくれますか?」
謡子が眉をひそめる。
「……そのときには使用人を呼びます」
「なるほど」
告はそう返事をした。
「僕、いまうちにいるメイドさんとラブラブだから、彼女に食べさせてもらう以外は拒否したいんだけど」
謡子が眉をよせた。
「メイドさんのほとんどを解雇して他家をご紹介なさったのは調査ずみですけど」
そう言い、淡紅色の唇の端をわずかに上げる。
「お一人残ったメイドは、むしろあなたを嫌っていらっしゃるとか」
「だれが調査したの?」
「うちの調査員です」
「おじさんばっかりでしょお? 恋愛感情の機微とか分かるの? とくに若い女性のツンデレとかさ」
謡子が無言で眉をよせる。
告は笑みを返した。
「ちなみに食べさせてくれる使用人って女性?」
「……お食事係は女性しかおりませんから」
謠子がそう返す。
「トイレ行きたい場合は?」
告はうしろ手に縛られたままもそもそと起き上がり脚を組んだ。
謠子が顔を引きつらせる。
「トイレ行きたいな。女性の使用人さんにぜんぶやってもらうことになるけど」
「そ……そのくらいご自分でなさって」
謠子がスラックスの留め具のあたりに目を止めてから、おろおろと目を泳がせる。
「できるわけないでしょう? 縛られてるんですよ?」
「セセセセクハラをなさる気ですの?!」
「拘束しておいてそれはないでしょう」
告はもういちどもそもそと動き姿勢を整えた。
「ししし使用人にそんなことまでさせるわけには。いいいいまどきせ性的い嫌がらせに問われますし、なによりおおお嫁入りまえの方も」
現代と大正ロマンが交差したようなセリフだなと告はのんきに思った。
「お嫁入りまえのかたに持ち上げていただくことになっちゃうねー」
「もも持ち上げていただくというと」
謠子が着物の袖で口元を押さえる。座ったままの姿勢で大げさに後ずさった。
いまどきこれで反応するとか貴重な人だなと思う。
たしか市内にあるお嬢さま学校に通っていたと思ったが、現代でもこんな女性ばかりの世界なのか。
「なにを持ち上げるか言ったらセクハラになっちゃうかもでしょ」
告は肩をすくめた。
「いまどき何がセクハラ問われるか分かんないからさあ。おたがい大変だよねえ。従業員とのそういうの」
告は声を上げて笑った。
謠子がけっこうな速さで目を泳がせる。
「ああ、それとお風呂のときなんだけど」
「分かりました。拘束を解いてさしあげればよろしいのね!」
謠子が言葉をさえぎるように声を上げて立ち上がる。
そのままスタスタと部屋の出入口に向かう。
「解いてくれるんじゃないの? 謠子さん」
「さ、さきほどの男に解かせます。告さんは油断ならないかたですもの。わたくしが直接解くなんて」
謠子がドアの向こうに顔を出して告を拉致した男を呼ぶ。
「告さんの拘束を解きなさい。わ、わたくしにあまり近づかないで。いまドアを開け放ってここから離れますから。それから入って」
わざわざ屈強な男をつかうとか警戒されたものだなと告は思った。
まあ、さきほどの「持ち上げてもらうもの」はトイレのフタなんだけどさと思った。




