西道家謠子私邸 リビング 1
気がつくと、告は広いリビングのソファの上に転がされていた。
起き上がろうとするが、体のバランスがとれない。
うしろ手に縛られているらしいと気づいた。
ずいぶんとギチギチときつく縛ってくれたようだ。
拘束と止血を間違えたんじゃないかと推測してみる。
少なくとも自身の誘拐を指示した者は医療関係者ではない。
とりあえずつまらない消去法をやってみた。
部屋の広さは三十畳ほど。
洋風の優雅なイメージだ。
やわらかなベージュを基調とした内装に、木目調の調度品。
暖炉を模したヒーター、その上に飾られた繊細なレリーフの入った大きなアナログ時計。
自身が寝かされているオフホワイトのソファやその横のテーブルは、有名家具メーカーのものと思われる。
うすいレースのカーテンのひかれた大きな窓の向こうは、きれいな青空が広がっていた。
鳥が飛んでいないところをみると、おそらくマンションの十四階以上か。
お金に困っている人間の住居ではなさそうだ。
じゃあ身代金めあてではないか。
やはり事件がらみだろうか。
やそっちにすればいいのに、逮捕術で返り討ちにされそうだからこちらにしたのだろうか。
こちらもいちおう護身術くらいは習っているんだが。
まじめにやらなかったけど。
部屋のなかほどにあるドアが、スッと開く。
「おはようございます。大海原 告さん」
楚々としたしぐさで入室したのは、あざやかな牡丹色の着物をまとった若い女性だった。
「西道 謡子さん……」
告は女性の名をつぶやいた。
「ああ――そっちの路線だったか」
少し上げていた頭部を、告はドサッとソファの座面に落とした。
不自然な体勢で転がされているのと、さきほど屈強な男に殴られて気絶させられているので声をあげるとまだ少々腹部が痛む。
「あいかわらず気さくなかた」
着物の若い女性、西道 謡子がかわいらしく首をかたむけ、ふふっと笑う。
ハーフアップにまとめて大きなリボンでまとめた髪型に着物姿、優雅な笑い方、もの静かなしぐさは大正か昭和初期の良家のお嬢さまという感じだ。
「そっちの線とは、どちらの線でしょう?」
「大海原家に怨みを持つって線」
謡子がくすくすと笑う。
「大海原の人々は、怨みばかり買っているからそうやって対処が遅れるんですよ」
「ほとんどの怨みは僕が買ったものじゃないんですけどね」
告は苦笑いした。
「というか、大半は逆怨みですから」
「西道家は違いますよ」
「西道家のも、まごうかたなき逆怨みです」
告は答えた。
「祖父や父が聖人君子だったとは、決して、まったく、世のなかがひっくり返っても神にかけてもぜったいに言いませんが、西道家の主張はおかしな部分が多すぎます」
「おだまりなさい」
謡子がつめたい目線で見下ろし言い放つ。
こういう言葉遣いをいまどき何の違和感もなくやるところが個人的におもしろい人だなあと思うが、拘束されているうえに敵陣のまっただなか。
西道家の本邸は一等地にある大きな日本家屋だ。ということは、ここは謠子の私邸かなにかだろうか。
そうとはいえ、おもしろがっている場合ではない。
「とりあえず、これ、外してくれませんか?」
告はそう頼んでみた。




