警察署一階 被害者用の事情聴取室 2
「とりあえず調書じゃないの?」
告は言った。
「調書……いやどっちも重要なんだけど」
八十島が頭を掻く。
「恋人じゃねえって。んじゃ何なの、あの人」
「たぶんだけどストーカー? それもかなり歪んでると思われる」
告は答えた。
「ストーカー……」
八十島がタブレットの画面をスクロールする。資料をざっと見て、ややして手を止めた。
「ストーカーをしめすもの何かあったか?」
「資料にはなかったね。僕は現場には入れないから、それ以上のことは分からないけど」
告は答えた。
「被害者からストーカーの相談があったわけでもないしな……」
八十島がタブレットの資料を睨みつける。
「そもそも男性は相談しにくくない?」
「それはある」
八十島が答える。
「でも簡単でしょ。恋人でもない女性が恋人と名乗ってる、その女性が異常なほどの粘着質、しかも実費で被害者のために懸賞金まで出すと言っている」
「いや女性じゃないし」
八十島が顔をしかめる。
「心はめっちゃ女性なんだから、女性って言ってやろうよそこは」
「俺は染色体で区別したい。悪いけど」
八十島が答える。
「つか、何で恋人じゃないって分かった」
「被害者の遺体の上にあった花。あれよく見ると、青い花と白い花は被害者が這いながら手元に持ってきたものとして説明がつく位置にあるんだけど、赤いバラだけが茎の位置とか不自然なんだ」
告は答えた。
「そこからもべつの人間があとで置いたと判断できる。たぶん、店から下げて廃棄しようとしていた花を持ってきたんだろうね」
「んで」
八十島がタブレットに現場の画像を表示させる。タブレットを縦にしてこちらに見せた。
「あーこれこれ」
告は画像を指さした。
「花の位置はゆっくり検証すりゃ理解できそうだけど、バラだけが鮮度がちがう色ってのは、あいかわらず分かんねえわ」
八十島がタブレットを自分のほうに向けて顔をしかめる。
「僕も分かんない。だから多香乃さんの色に関する発言をもとにして考えるのは、視覚障害者にでもなった気分」
「あのドSメイドさんは盲導犬か」
「そんな感じ」
告は答えた。
「話を戻すけど、つまり被害者が示したかったのは青と白だと思うんだよね」
「青と白……」
八十島がつぶやく。
「花言葉じゃないのか?」
「考えてもみなよ。息も絶え絶えのときに、やそっちなら凝ったこと思いつく? ものすごく単純で、すくない体力で伝えられる方法をとると思うけど」
告は言った。
「……まあ、やそっちと違って死んだことないからよく分かんないけどさ」
「俺もねえよ」
八十島が眉根をよせる。
「被害者は元海保の人だよ。国際信号旗の知識はぜったいにあったはず」
告はそう続けた。
「国際信号旗?!」
八十島がタブレット画面を見た。
「ほんらいダイイングメッセージって、犯人に消されたりしないように暗号っぽいことになりがちなんだけど、被害者はこういう意味からも、国際信号旗なら犯人には分からないと思ったんじゃないかな」
告は言った。
「ところがストーカーしてた詩織さんは、健気にも追っかけしてる人と話を合わせようと、おなじ知識を勉強していた」
「竜輝だろ。健気とかつけんな」
八十島が顔をしかめた。
「国際信号旗ってアルファベットを示すこともできるんだけど、青と白の組み合わせの旗は、A、J、M、N、P、S、X。資料見たら、参考人として事情聞かれた人のなかにこのイニシャルの人はいなかった」
「S……竜輝こと詩織だけってことか」
八十島が目を眇める。
「そ。参考人以外の関係者を見回したら、どれかのイニシャルに当てはまるのは、詩織さんだけだった」
「日本人にけっこういそうなイニシャルもあるのにな……ラッキーだったっていうか」
八十島がつぶやく。
「恋人じゃないと断定したのは?」
「国際信号旗の "ノー” を意味する旗も青と白の組み合わせなんだよね。で、"イエス” は青と白プラス赤」
八十島が目を見開く。
告は八十島の手からタブレットをとると、勝手に検索して国際信号の一覧を表示した。
「見たほうが分かりやすいでしょ」
「おお、まじか」
八十島が画面を凝視する。
「詩織さんが犯人と仮定すると、最後の最後まで全力でノーをつきつけられたと解釈したんじゃないかと。だから赤い花を加えてイエスにしたかった」
告はそうと推測を話した。
「恋人ならそういう解釈しないでしょ」
「ウソのメッセージ仕立てて嬉しいもんか?」
八十島が顔をしかめる。
「遺体とひとときの恋人気分を味わったんじゃないの?」
八十島が、思いきり嫌悪感をおぼえたような顔をした。




