警察署一階 被害者用の事情聴取室 1
警察署一階、被害者用の事情聴取室。
クリーム色を基調としたやわらかい雰囲気の小部屋で、告と友人の八十島刑事は向かい合い多香乃が差し入れたカツ丼を食べていた。
「いや、あれだよね」
告は箸で卵に切れ目を入れた。
「警察の事情聴取室で刑事といっしょにカツ丼を食べるって、なかなかない体験だよね」
告は肉をかじった。
「ふつうはどうなの? 犯人がカツ丼食べてるあいだ、刑事さんたちは食べないで見てるの?」
「つか、いまどき事情聴取中にカツ丼奢ってとか言うやついないから」
八十島がもぐもぐと肉を食む。
「いないんだ」
告は、タッパーに入れられた大根とキュウリのサラダに箸をのばした。
「んじゃ、僕が犯人として事情聴取を受けたさいには、昭和ノスタルジーとしてカツ丼を要求してあげる」
「何でわざわざ犯罪やる気になってんの、おまえ。やっべえやつだな」
八十島が顔をしかめる。
「あ、それ、俺もいい?」
八十島が大根とキュウリのサラダを箸でつまむ。雑に口内にかっこんだ。
「おいしい?」
告は問うた。
「うまい。さすが本業の人」
「食材選びから優秀だからね、多香乃さん」
告は答えた。
「あれがドSメイドさんか。もっとおっかなそうな人想像してたわ」
八十島が言う。
「やさしいよ。助けてくれたでしょ?」
「……大根でいきなり犯人の頭を殴打して、出たセリフが "折れなくてよかったです”ってなかなかサイコ入った性格だけどな」
八十島が苦笑する。
「知ってる? サイコパスっていちばんフィーリングが合うのがやっぱりサイコパスで、サイコパス同士で結婚しちゃったりするんだって」
告はカツ丼のご飯を口に運んだ。
「お、おう」
八十島が鼻白んだ感じで返事をする。
「べつにサイコパスがすべて殺人鬼とかじゃないんだけど、どうしても感情を排除して合理的な考えかたしちゃうから、合理的同士で合うみたいだね」
「おぉ」
八十島がサラダを口にしながら短く返事をする。
「んで? 何それ」
「べつに。サイコとかいうから思い出しただけ」
告は、警察署玄関の自販機で買ったほうじ茶を飲んだ。
おもむろに缶を置いて、多香乃がさしいれて行った紙袋をさぐる。
「デザート出していい? アイス作ってくれたみたい」
告は保冷剤で厳重に包まれたタッパーを取りだした。
「あのあと帰って、よくアイスまで作る時間あったな、メイドさん」
「塩をかけた氷といっしょにシェイクすると、融解と溶解の相乗効果で三分でできるんだってさ」
「理科の実験聞いてるみてえ……」
八十島が顔をしかめた。
「はーい。調書とるぞ、調書」
カツ丼とサラダとアイスを平らげると、八十島が警察署支給のタブレットを手にした。
「ダレきってる感じだなあ。いつもそうなの?」
告は椅子の背もたれに背をあずけた。
「犯人の取り調べならちがうけどな。相手が知り合いだと気恥ずかしいわ」
八十島が言う。
「チェンジで」
「できるか」
八十島が頬杖をついた。
「ええと、時間。――発生は十六時三十二分ごろ」
八十島がタブレットに書きこむ。
「よく時間見てたね」
「そらこういうの書くから見るわ」
八十島が答える。
「被害者、大海原 告。職業なに」
「探偵業」
「おまえの場合、会社経営とかでもいいんでないの?」
「おなじ執務室で探偵業もやってますから」
告は右手をぴょこっと挙げた。
「朝石市片吉のラ・フルール店舗まえの歩道において、四伊 詩織こと、本名、四伊 竜輝に」
「竜輝さんていうんだ」
告は復唱した。
「おまえの言う通り、思いっきり男だった。こんどは男といっしょに留置されるのは差別だってわめいてる」
「いまのうち対策してたほうがいいと思うよ。あれ犯人だから」
告は言った。
八十島が手を止め、目を見開く。
「んあ?」
「元海保でラ・フルール経営者を殺したの、たぶん竜輝さん」
「詩織じゃねえの?」
八十島が眉をよせる。
「やそっち、混乱してる?」
「ああ、本名は竜輝か」
八十島が額に手をあてた。
「犯人は男性って刑事課の見方とも合ってるでしょ。元海保の男性を一突きで殺すにはそれなりの力技いるよね」
「動機なに」
「それ調べるのは刑事のお仕事じゃん」
「痴情のもつれ……」
八十島がタブレットを睨みつける。
「ついでに言うと、彼女は被害者の恋人ではまったくない。むしろ被害者に最後の最後まで拒否されてた」
「 ”彼" じゃねえの?」
「いちおう心は女性なんだから彼女って言ってあげようよ」
「あーややこし」
八十島がきつく眉をよせる。
「んで、どっちから話進めたらいいんだよ」
そうと続けた。




