ラ・フルール 店舗前 3
「待ったああ━━、やそっち! こっち来るまえにスマホで撮影!」
駆けつけようとした八十島に、告はそう呼びかけた。
八十島が一瞬立ち止まる。
「え? え」
「傷害の証拠! んで現行犯逮捕! 刑事なのに分かんないの?!」
「お? おう」
八十島がスーツのポケットからスマホを取り出して、あわてて操作しこちらを撮影する。
「ちょっ! なんで撮るの! ひどい!」
女性が告の襟首をググッと持ち上げながら声を上げる。
「あたし、大好きな人が殺されたばかりのかわいそうな女性ですよ! なんで撮ってるの、ひどい!」
「……自分で言うな」
八十島がボソッとつぶやいたのが耳に入る。
脳内で言っていればいいのに、わざわざ煽るようなこと口にしなくてもなあと告は思った。
「ひどい! 人の心も分からないの! 警察って横暴! 捜査もしないでサボってるくせに!」
女性が告の首を両手でつかむ。グッと力をこめた。
「ちょ! 待て! 傷害どころか殺人未遂だ!」
八十島が撮影をやめて走りよろうとする。
とたん。横から飛んできた大根の側面が女性の頭部を殴りつけ、女性は真横に首を曲げた。
首から手が離れ、告は軽く咳をする。
「なにをやっているんですか、あなた。殺人ですよ」
女性のうしろで、ふりおろした野球のバットのように大根をかまえているのは、サマーカーディガンにジーパン姿の多香乃だった。
八十島がこちらに手をのばした格好で固まっている。
「多香乃さん、助かった。ナイスアシスト」
「大根が折れなくてよかったです」
多香乃が買いもの袋に大根をもどす。
女性が、殴られた箇所をおさえてじっと下を向いていた。
むしろ折れないほうが衝撃が大きいのではと推測して、告は横を向いて苦笑する。
「四伊さん、ちょっといまのは。いちおう殺人未遂の現行犯で署まで来ていただけますか」
八十島が、四伊と呼ばれた女性の手首をつかむ。
「さわんないで! あたし被害者の恋人なの!」
四伊がわめく。
「いや、こうなると関係ないし」
「セクハラ!」
四伊が暴れた。八十島が顔をゆがめて四伊の両手首をおさえる。
「ちょっ! 鑑識! だれでもいいから、おさえんの手伝って!」
八十島が店舗のなかに呼びかける。
作業をしていた鑑識の人間が顔を見合わせる。若い女性と男性の鑑識員が立ち上がりこちらに駆けつけた。
「女性の細腕で首をしめられて抵抗しないとか。なにか極端なフェミニスト的な主義ですか?」
多香乃が押さえつけられた四伊の姿を遠目にながめる。
「いや抵抗ムリ」
告は首をさすった。
「大丈夫か?」
八十島がこちらに駆けよる。
「いちおうおまえも署に来て。被害者として調書とるから」
「あれ男性だし」
告はそう口にした。
八十島と多香乃がそれぞれに目を丸くする。
「は?」
「よく見て、腕。細いけど骨格はがっちりしてる」
八十島が押さえつけられる四伊を凝視した。険しい顔で鑑識の二人を睨みつけていた。
「ああ見えてすごい力。やそっちはこういうことはされなかったの?」
告は息を吐いた。
「声……高いですけど。ちょっとハスキーですけど」
多香乃がめずらしくポカンとした顔で四伊を見る。
「裏声だね。慣れててけっこう自然な感じだけど」
告は答えた。
「多香乃さん、ナイスバッティング」
「……誉められてるんでしょうか」
多香乃が眉をよせる。
「何? お買いものの帰り?」
告は尋ねた。
「夕飯の買いものです。きょうは殺人未遂犯の頭を殴った大根と、キュウリの和風サラダでよろしいでしょうか」
「これからやそっちの取り調べ受けるみたいだから、カツ丼といっしょに差し入れて」
告はそう答えた。
四伊を押さえつけた鑑識員が、どうしたらいいかという顔で八十島を見る。
「応援呼んだから、ちょっと待って」
八十島がそう声をかけてからこちらを向いた。
「取り調べじゃなくて事情聞くだけ。何でムリやり犯人になりたいの、おまえ」
警察車両のサイレンの音が近づく。
「離せ、バカやろう━━!!!!」
四伊がドスのきいた声で叫ぶ。八十島が「うわっ」と声を上げて引いた。




