ラ・フルール 店舗前 2
「刺殺だったよね」
花屋ラ・フルールの鑑識作業をガラスドア越しに見つめながら告はつぶやいた。
「刺殺。死因は出血性ショック」
八十島が答える。
「一突き?」
「ほぼ一突き。資料ぬけてたか?」
八十島が言う。
「あった気がするけど、きっちり読むの面倒くさいじゃん。基本、図解と写真タイプなんだよね」
「おまえそれ探偵のセリフ?」
八十島が顔をしかめる。
「一突き。元海保の男性を?」
告はつぶやいた。
八十島が眉根をよせる。
「やそっちを一突きで殺すようなもんじゃん」
「おまえ、もうちょっと言い方ない?」
八十島がイヤな顔で返す。
「体格もそれなりだし、とうぜん武道とか逮捕術とかやってるよね。少なくとも女性にはムリそう」
「ああそれは。刑事課でも犯人は男だろうってことで固まってる。ふいを突くくらいのことはしたかもしれんけど、一突きで致命傷はふつうの女にはムリだ」
「もしくはうちの多香乃さんみたいな、お肉の解体に慣れてそうな女性……」
告は眉間にしわをよせた。
八十島が顔をゆがめる。
「……ドSのメイドさん、その後どうした」
「フルタイムで従事していただくことになった」
告は答えた。
「まえにクレー射撃のライフル銃で犯人の男制圧したのそのメイドさんだろ。報告書、それ抜きで書くの難儀した」
「ご苦労さまです」
告はサマージャケットのポケットに手を入れた。
「俺なら怖くて組めねえ」
八十島がつぶやく。
「何で? 頼りになるよ」
「そのメイドさん、今回は何か言ってる?」
「赤いバラだけが少し古いってさ」
告は言った。
「バラ……」
八十島がつぶやく。
「つまり、青い花と白い花に意味があるダイイングメッセージ。だけど犯人にとっては赤を組み合わせたことに意味がある、かもしれない」
「花言葉とかじゃねえの?」
八十島が言う。
「うちの女性警官と、あそびに来てた女子高生が言ってんだけどさ。花言葉じゃないかって」
「何その、あそびに来てた女子高生って」
「ちょくちょく玄関口の自販機でジュース買って飲んでく女子高生がいるんだよ」
八十島が不可解なものを話すような表情をする。
「花言葉だと、あれぜんぶ ”しあわせな恋" だの ”愛してる" だのなんだとさ。死ぬまぎわに恋人のあの女に託したんじゃねえのって」
「で、バラがあとから添えられたものだとしたら、犯人が ”ボクも情熱的に愛してます" って? 赤いバラの花言葉、情熱的な愛だよ」
「おう。……変だな」
八十島が首をかしげる。ふいに現場のほうを気にして見た。
やってるふりとして来ている現場とはいえ、話が長すぎたか。
「分かったら連絡くれ」
八十島が手をふり駆け足で現場にもどる。
告は見送ってから、顔を動かさず横目でさきほどの長身の女性を見た。
女性は、キツく目を眇めて告を見ている。
少し口元を引きつらせながら、告はそちらを見た。
話しかけるか、気づかないふりをして車に戻るか。
女性が、ヒールの音をさせておもむろに近づいた。
「刑事さんですか?」
告にそう話しかける。
少しハスキーな声だ。
人の好みはいろいろだと思うが、キツすぎる目つき、何か妙に据わった表情。
恋人が殺害されたばかりだからというのもあるかもしれないが、八十島が「粘着」と表現したレベルの行動を取るのを考えると、もとはどういう人なのか。
告としては多香乃以上に怖がっていい人に見える。
「警察のほうの人です」
告は答えた。
警察に探偵業として届け出しているのだ。大幅なウソではない。
「制服警官? きょうは非番とか」
女性が問う。
「ああ……ううん、えと私服かな」
告は答えた。まったくのウソをついてあとで何かの拍子に拗れても困る。
「私服の警官って刑事さんてことじゃないんですか?」
「んー刑事」
「……の、友人」と小声でつけ加える。
「捜査しないんですか!!!!」
女性が唐突に大声を出す。
「あたしの洋介さんの捜査、してくれないんですか?! なにサボってるんですか! あたしの洋介さんの捜査しないでなんで刑事同士でおしゃべりしてるの、あたしの洋介さんの捜査してくださいしてください、しないの?! しないの?! しないの?!」
女性が告につかみかかる。
サマージャケットの襟をグッと強く引っぱられて、告は目をすがめた。
「うっ」と声が漏れる。
「ちょっ! 四伊さん!」
八十島が気づいてこちらに駆けよった。




