大海原家執務室
「殺人事件。刺殺だってさ。犯人はいまのところ不明。被害者のかたの氏名は、小咲 洋介さん、三十四歳。元海上保安庁で巡視船に乗ってたかたで、現在は花屋ラ・フルール経営」
大海原家執務室。
告は執務机に座り資料の要点を読み上げた。
タブレット画面をスクロールすると、白、青、赤の切り花におおわれた男性の遺体の画像が表示される。
メイドの制服に着替えた多香乃が、姿勢よく机のまえで話を聞いていた。
探偵助手なので私服でいいと言ったのだが、本人はあくまでメイドとして勤めるつもりらしい。
「それで。今回はどこから収入があるご予定です」
多香乃が目をすがめる。
「恋人と名乗る女性が懸賞金を出すってさ」
告は言った。
多香乃がため息をつく。
「……ずいぶん異色の経歴ですね」
多香乃がタブレット画面を見て眉をひそめる。
「そうだよね。僕は友人のやそっちが刑事を辞めたらいっしょに探偵やるつもりでいるけど、職業選びなんてこのくらい幅があってもいいんだねえ」
告は言った。
しごくまじめに言ったつもりだが、多香乃が無言で顔をしかめる。
多香乃が上体をかがませてタブレットをのぞく。
「青い花はブルースターですかね。白いのはオステオスペルマムかディモルフォセカ、赤いのはバラ。たぶんジプシーソウル」
「多香乃さん、よくバラの種類まで知ってるね」
告もおなじように画面をのぞきこむ。
「銃砲店をやっている祖父が、むかし真紅系のバラに凝っていくつか栽培していたものがいまでも庭に残ってまして」
多香乃が言う。
「銃と真紅のバラの組み合わせは男のロマンなんだそうです」
「なるほど」
告はとりあえずそう返事をした。ハードボイルド趣味から銃砲店経営にいたった方なのだろうか。
そういえばたびたび利用させていただくわりに経緯は聞いていない。
「オステオスペルマムなら、僕はピンクウイルスが好きだけど」
告はタブレット画面をスクロールしながらそう口にした。
「そうですか」
多香乃がそっけなく返す。
「多香乃さんて好きな花ある? つぎに花束を贈るときはそれにするよ」
「クロバナタシロイモですかね」
多香乃が真顔で答える。
告はやや身体を引いて多香乃の顔を見た。
別名ブラックバットフラワーとも呼ばれる、黒いコウモリのようなおどろおどろしい花だ。
自身の花の好みもあまり一般的ではないと自覚しているが、多香乃のは何かすごすぎる。
本気だろうか、それとも彼女なりにウケを狙ったのだろうか。
「……渋い好みだね」
告は無難にそう返してみた。
「ありがとうございます」
多香乃が淡々と答える。
「これ、倒れてる場所はご自宅ですか?」
多香乃が眉をひそめる。
告は身を乗りだしてタブレットの画面を見た。
「店内じゃなかったかな」
画面をスクロールして資料をさがす。
被害者が倒れているのは、白いプラスチック樹脂の床だ。
水掃除がしやすいよう店によく使われている床材だが、自宅の水回りなどにこれがつかわれているケースもたしかにある。
「……じゃなかったかなって。どこなのかは推理に関係ないんですか? ふつうありそうですけど」
多香乃が眉をよせる。
「今回は関係ないと思ったんだけど。多香乃さん、気になったことある?」
「関係ないと思ったって」
多香乃が「いい加減な」とつぶやく。
「お花屋さんに勤めたことはないのですけど、切り花は、あからさまに痛むまえに店頭から下げてしまうのでは?」
多香乃が問う。
「ああ、たぶんね」
「素人では分からないレベルのほんの少しの痛み具合でそう判断するのではと」
「うん、たぶん」
告はそう返事をした。
「バラだけが、少しいたみかかっているんですが」
多香乃が言う。
告は被害者の画像をじっと見た。
見た感じ、青と白の花々と新鮮さは変わらないように見える。
花屋では売りものから外すレベルの微妙な痛み具合。多香乃の目は差があると認識したのか。
脳内で、キターッと祭りがはじまる。
推理に役に立つということ以前に、自身の推理をこうして彼女の目がくつがえしてべつの局面に導かれることに、最近はワクワクする。
告は、両手をのばして多香乃のタブレットに添えた手をにぎった。
「ありがとう、多香乃さん。やっぱり多香乃さんが助手でよかった」
「……お夕飯のしたくまえなので、消毒が必要になるようなことはなるべくやめていただけますか」
多香乃が眉をよせた。




