警察車両 乗用車内 2
「だからルートは、瓜生 一葉ちゃんの主治医さん」
告はそう答えた。
「どこの医院」
八十島が固い声で問う。
「もちろん言うけど、立件できるかどうか微妙じゃないかなあ。主治医さんは睡眠障害の薬を処方しただけだ。それを瓜生 一葉ちゃんが三木 織衣ちゃんに分けちゃった、おそらく」
「睡眠障害……」
八十島がフロントガラスの外をながめてつぶやく。
「ガチのやつだね、ナルコレプシー。はっきり診断されるには、かなり多数の項目の検査と聞きとりするらしいけど」
「睡眠障害の薬ってなに。睡眠薬?」
「それは寝るとき。起きてるとき用の薬はよくアンフェタミンを処方される」
「覚醒剤成分……?」
八十島が目を見開く。
「睡眠障害の患者は受容体がちがうんだっけ? だからアンフェタミンの中毒にはならない。起きていなきゃならない時間帯用の薬として、覚醒作用があるアンフェタミンが処方されることがある」
「……つまり? おい」
八十島がタブレットをとりだす。
「悪意で渡したとは想像したくないけどね。塾で眠そうにしてた三木 織衣ちゃんに、瓜生 一葉ちゃんがよく効く気つけ薬って感覚で渡しちゃったとか? ――これだと主治医さんの説明不足が問われそうだけど」
「……悪意があったとしたら?」
八十島が頬を強ばらせる。
「どっちなのか捜査するのは警察のお仕事じゃん」
告は助手席のシートに背中をあずけた。
「アラビア文字でやりとりしてた子たちは、三木 織衣ちゃんの様子がおかしいってたびたびやり取りしてたって。被害者は瓜生 一葉ちゃんが薬物を渡してたのを知ってたんだろうね。おなじ塾に通ってたから、渡してるとこ見たのかも」
告はそう説明した。
「名前が書かれたのが瓜生 一葉ちゃんなのに、なぜ殺害したのが三木 織衣ちゃんだと思うかっていうと、被害者の制服の袖にシミがあるって多香乃さんが言ってたからなんだよね」
「シミ……」
八十島がタブレット画面をじっと見る。
「どこだ」
「僕も見えないんだけどさ。多香乃さんの目には、一部色が違って見えるんだって」
告は答えた。
「たぶんだけど、香水のシミじゃないかなって。織衣ちゃんが香水をつけてる最中に話しかけでもしたか、それともつけてる最中に禁断症状が起きて襲われでもしたか」
八十島がタブレット画面を凝視する。
「香水ってシミになるんだよ。よくアニメなんかで服の上からつける描写あるけど、あれ大間違い。服が台なしになる」
告は肩をすくめた。
「――確定か?」
「以上」
告は右手を挙げた。
八十島が、スーツのポケットからあらためてスマホを取りだす。
短縮番号でかけたようだ。
「──あ、俺です。遺留品の確認いいすか。ダイイングメッセージ残した被害者の子、制服の袖に香水のシミなんてありましたか?」
八十島がそう問う。おなじ課の人にかけたのか。告は横で聞いていた。
「いや、見えにくい微妙なやつらしいんすけど──匂いはあった? どんなです」
スマホを耳にあてたまま八十島がこちらを見る。
「それ──三木 織衣がつけてる香水と同一のものか調べられますか?」
八十島が抱えた紙袋のなかのウナギの匂いがする。匂いで食い合わせ起こしそう……と告は思った。
「玉一とうふ茶屋の豆腐と三陸潮蔵のわかめのお味噌汁、味噌は特選亀ヶ城味噌。松島純三号ファームの白菜の浅づけ、塩は耶麻の山塩、荒浜産アユの塩焼き、塩は浪士の塩です」
大海原家の食堂広間。
いつものように多香乃が滔々と朝食のメニューを読み上げる。
「きょう早朝に、やそっちから連絡あってさ」
告は味噌汁の茶碗を手にした。
「何で刑事さんってのは早朝に動くんだろうね。徹夜でお仕事してると、他人の寝起きをたたき起こしてやろうとかいう欲望でも湧くのか」
「……教会の出勤時間がせまってますので要点だけお願いできますか?」
多香乃が行儀のよい姿勢でテーブル横に立つ。
「瓜生 一葉ちゃんは、悪意があって渡したって供述してるんだってさ」
多香乃が軽く眉をよせる。
「動機は、三木 織衣ちゃんが推しのアイドルの悪口を言ったから。まあ勉強でイライラしてたのかもとか少年課の人が言ってるそうだけど」
告は味噌汁の豆腐を口にした。
「怖いね」
多香乃は何も返さずメイド姿で行儀よく立っている。
「自分がアンフェタミンの影響がないから甘く見てたのかもしれないけど」
「出勤時間ですので、失礼します」
多香乃がきれいに一礼する。きびすを返した。
「後味悪い事件だったね」
わかめを口にしながら告はそう声をかけた。
「だから言ったじゃないですか。探偵業なんて、社会のイヤな部分ばかり見ることになると」
多香乃がそう答える。
「んで、つぎの事件なんだけどさ」
告がそう続けると、多香乃はピタッと足を止めてうつむいた。
終




