朝石キリスト教会
「副助祭さんっていないのかあ……」
告は額に手を当てた。
「副助祭なんて知ってる方のほうがレアだと思いますが。ぜったい分かって言ってますよね?」
多香乃が眉をよせる。
「このまえ読んだ小説で人狼を手玉にとってる副助祭さんが出てたので、いちど実物を拝見したいと思って」
「おふざけに来てます?」
多香乃が目をすがめる。
「ところで礼拝って何時から?」
告はガラスドアの向こうの礼拝堂を覗き見た。
教会というと入口から荘厳な建物というイメージだったが、この教会の玄関口はまるで町内の集会所という感じだ。
ガラスドアの向こうの礼拝所はそれなりだが、そもそも教会でガラスドアかと思う。
「日曜礼拝ですか? 日曜の午前中ですけど」
「その名の通り日曜なんだ。多香乃さん、僕の代わりに参加してみてくれる?」
「なんでですか」
多香乃が顔をしかめる。
「執事以下だれも家にいないから、午前中ひとりで起きられないんだよね……」
「いくつですかあなた」
多香乃は眉根をきつくよせた。
「というか、あなたのお仕事と日曜礼拝になんの関係が」
「多香乃さんがメイドとして起こしてくれるなら、多香乃さんが代わりに調べる必要なんてないんだけど」
告はため息をついた。
「なんですか、そのさりげなく本末転倒みたいな話」
「もどってくれるなら、完全週休二日、賞与・昇給あり、福利厚生充実、各資格取得奨励金、住宅手当、残業なし実働七時間をお約束」
「いままでと同じじゃないですか」
多香乃が答える。
「この上どう条件をよくしろっての……」
告は両手で顔を覆った。
「条件がよくても沈むかもしれない船はごめんです」
「あ、パルド……ごめんなさい」
西洋人とみられる男性が「どけて」というしぐさをしつつ靴を脱ぐ。
大柄で肉づきのいい体格。靴のサイズも大きいなと告は思った。
「ああ、パルドン」
告は横によけた。
「フランスのかた? それともイタリア?」
告は尋ねた。
「どうでもいいでしょう、いきなりぶしつけな」
多香乃が険しい目つきで告を睨む。
「パルドンっていうからイタリアかフランスかなって。英語圏だとパードンって言われるし」
告は男性に笑いかけた。
「はじめてパリ行ったとき、同じエレベーターに乗ったご婦人が “パルドン、パルドン” 言ってたのに、うわーほんとに日常からパルドンって言うんだーって、よけるのも忘れて感激してたってことがあって」
告は声を上げて笑った。
「……なんですかその失礼な思い出話」
多香乃が顔をしかめた。
「イタリアです。ハーフですけど」
男性が苦笑する。
「お母さまがイタリア人? それともお父さま」
「母ですね」
男性が答えた。
「おおっ、イタリア美女を捕まえたお父さま、同じ日本男児としてうらやましい!」
告は声を上げて男性の両肩をバンバンと叩いた。
「失礼では?」
多香乃が眉をよせる。
「いいですよ」
男性が苦笑いをして持っていたバッグをさぐる。名刺入れをとりだした。
名刺をニ枚引きだし、告と多香乃に差しだす。
「ここの英会話教室の講師をやってます。よかったら」
「ん?」
告は多香乃のほうを見た。
「ああ……ここの教会で英会話教室やってるんです。教室は信号渡って向かいだから、そちらのスタッフさんまではよく知らなかったんですけど」
多香乃が説明する。
「ウルバーノ……一色さんでよろしいですか?」
多香乃が名刺を両手で受けとり氏名を確認する。
「ええ。ウルバーノ・一色です」
「先日教会のほうの事務に入った小野 多香乃です」
多香乃がそう自己紹介する。
告は、多香乃の様子をチラリと見た。
両手で持った名刺をさりげなくファイルに入れている。相変わらずマナーはいい。
「じゃ」
ウルバーノ・一色氏が、片手を振って玄関口を上がる。
「足止めしちゃってすみません」
告は笑いかけて見送った。
多香乃があらためて名刺をとりだす。まじまじと見つめていた。
「白地に白の桜模様入りなんですね、この名刺。英会話教室なのに粋な着物みたい」
告も名刺の角度をいろいろ変えてながめた。
「ああ……よく見ると桜が。よくチラッと見ただけで分かったね、多香乃さん」
「え? すぐに分かりませんか?」
多香乃が目を丸くする。
「英会話か。習ってくる? 多香乃さん」
「習って損はないでしょうけど、時間が」
多香乃がそう答える。手にしていたファイルに名刺を入れた。
「僕のところにもどれば、福利厚生として終業後に週三回の英会話教室をつけるけど」
「つぎに雇うメイドに言ってください」
多香乃が眉根をよせた。