大海原家所有軽自動車 車内 2
女子高生三人を自宅に送りとどけたあと、告はもよりのドラッグストアの駐車場に車を停めてタブレットを取りだした。
「アラビア語は母音がa、i、uだけだから、日本語の五十音に対応した場合、エはイとおなじ、オはウとおなじ表記にしちゃうの」
告がそう説明すると、多香乃が助手席で顔をしかめた。
「なんですか、そのアバウトな」
「日本語の感覚だとそうなんだけど、ヨーロッパの言語だとaとeの中間音とかあるし、僕もそんな感覚なのかなってフワッと解釈したんだけど」
タブレットに事件現場の画像を表示させる。ダイイングメッセージの部分を拡大させた。
「はいこれ」
「はいこれじゃありません」
多香乃が眉をよせる。
告はかまわずにスマホを取りだした。アラビア文字の五十音対応表を表示させる。
「ほら見て。エ行の文字とイ行、オ行の文字とウ行の文字がおなじでしょ」
多香乃がましまじと見る。「へえ」という顔をした。
「被害者のお友だちたちは、エ行の文字とオ行の文字に点をつけてイ行、ウ行と区別してた。つまり」
告はタブレットを片手で持ち、多香乃の目の前にかかげた。
「事件現場の文字に、本来はない点があるかどうか多香乃さん見てくれる?」
「ご自分で見ればいいでしょう」
多香乃が顔をしかめる。
「通路の色がペンの色に近いからね。僕の目ではなかなか」
「……視力、そんなに悪かったんでしたっけ」
「視力の問題じゃないんだなあ」
告は言った。
不可解な顔をしながらも、多香乃が被害者の手元を拡大させる。
「ううん……」
しばらくうなっていた。
「あ、ちなみにアラビア文字で “ううん“ って書くと」
「いりません」
多香乃が眉をよせた。
二、三分ほど見つめてから、ふぅと息をつく。
「ないと思いますけど」
「ない……」
告はつぶやいた。
「だとすると、ウリイか。犯人は瓜生 一葉ちゃん……?」
「さきほどの怯えてた子ですか?」
多香乃が問う。
告はスマホを取りだした。八十島のスマホに短縮番号でかける。
「──あ、やそっち? 三木 織衣ちゃんは警察署に届いた?」
そう尋ねる。
「専門医の到着待ってるとこ? ──ああ、遠くから聞こえるの織衣ちゃんの声かあ。さっきよりずいぶん掠れたね」
「──そういう問題か」
「そういう問題ですか」
八十島と多香乃が同時に言う。
「ダメ元で聞くけど、彼女に覚醒剤を渡した人間なんて分かった?」
「──これからだ」
八十島が答える。
「あそ」と告は答えた。
「彼女の香水の匂いけっこうキツかったらしいし、それプラス “キムチを大量に食べてきました“ ってセリフでピンと来ないとか、やそっち幻滅なんだけど」
「──逆に何でそれでピンと来んの、おまえ」
「まあかなりむかしの話なんだけど──」
そう言いかけたところで、八十島のうしろのあたりから三木 織衣らしき叫び声が聞こえる。
複数の女性の声で、「八十島さん!」「だれか!」と続いた。
「ちょっ、悪い。あとで聞かせろ──大丈夫ですか!」
通話が切れる。
女性警官が取りおさえてるのか。言われてみれば、相手は女の子だもんなと告は思った。
多香乃があらためてタブレットを見ている。
眉間にしわをよせてダイイングメッセージとスマホの五十音対応表を睨んでいたが、ややしてからさらに眉根をよせた。
「……やっぱりないですね」
「もういいよ。お疲れさま」
告はそう言った。
そろそろ陽が暮れかかっている。東の空はすでに暗い。
「今日は多香乃さん、メイドの業務はいいよ。どこか食べに行こ。大江さんも合流して」
「その大江さんについてですが」
「またこんど」
告は答えた。車のシートに背中をあずける。
「何食べたい? このまえのイタリアのハチミツ漬けウナギ? イギリスのウナギのゼリー寄せ? フランスの赤ワインとニンニクで煮こんだウナギ? カナダのウナギ寿司ピザ?」
「なんでウナギにこだわってるんですか。ふつうのご飯にしてください」
「んじゃウナギとご飯」
告は、ふぅと息を吐いた。
「ダイイングメッセージ解くところまでが僕のお仕事だからね。被害者が書いたのは瓜生 一葉ちゃんの名前。これで探偵の業務はいちおう終わり。お疲れさま」




