大海原家所有軽自動車 車内 1
「三木 織衣ちゃんの周辺の子で、アラビア文字使って手紙のやり取りしてた子なんていないかな」
告が乗ってきた軽自動車の車内。
女子生徒三人をついでに自宅まで送りなから、告はそう口にした。
「……って、多香乃さん、聞いてくれる?」
「なんでわたしが。直接聞いたらいいじゃないですか」
助手席の多香乃が言う。
「なんか僕が直接聞いたら事案っぽいじゃん」
「ご自分の車で自宅まで送っている時点で、事案を疑われるタネはあるんですが」
多香乃がそう返した。
とはいえ、相手によっては何がセクハラ扱いされるか分からないご時世だ。
多香乃が身体を少しひねり、後部座席のほうを向く。
「アラビア文字でメールのやり取りしてた子なんています?」
女子生徒たちに問う。
「思ったんだけど、アラビア文字をコピペして貼りつけることはできても、メールは送れないんじゃないかな。規格外の絵文字みたいな扱いで」
告は運転しなから言った。
「紙のお手紙なんてやり取りしてた子たちいます?」
多香乃がそう言い直す。
「あの……警察のかたなんですか?」
女子生徒のひとりが、おずおずと右手を挙げる様子がルームミラーに映る。
多香乃がどう答えるんだという顔でこちらを見た。
「警察のほうのお仕事やってる人」
告は答えた。
警察に届け出をして刑事が紹介した仕事を調べているのだ。ウソは言っていない。
多香乃が不審物でも見るような目でこちらを見た。
女子高生たちが顔を見合わせる。
「えと」
女子生徒の一人が、助手席のほうに身体を乗りだした。
「わたしと大嶋 葵って子と、あと何人かの子で暗号っていうか。お兄さんがアラビア語かじったことがあるって子がいて、五十音の対応表とか持ってきて」
「葵ちゃんって、被害者の子か」
告は答えた。
即答したことで、女子生徒は捜査官らしきものと思いこみ信用したらしい。続けて話そうとする。
告は運転しながらスマホを取りだした。
起動させて、録音アプリをさがす。
多香乃が察したのか手をのばしてスマホを取り、代わりにアプリを操作した。
「三木 織衣ちゃんは?」
告は問うた。
「三木 織衣さんは?」
多香乃がうしろを向き、通訳のように言いかえる。
「三木さんはとくに暗号は使ってなくて。あの、でも」
女子生徒が口ごもる。
「何でもいいよ、言って」
「なんでもどうぞ」
多香乃が言いかえる。
「このまえから、みんなでときどき暗号で “オリエ、ヤバイ” ってやり取りしてて。三木さんは暗号使ってないから、ちょうどいいからっていうか」
「どうヤバかったの?」
「どうヤバかったんです」
多香乃が言う。
「わたしが知るかぎりだと異様に落ちつきがなくなったっていうか、授業中もなんかずーっとソワソワ動いてて。あと香水がどんどんキツくなってて」
「やっぱり香水」
告はつぶやいた。
「コロンとかじゃないんだ」
「オーデコロンとかではなく?」
多香乃が言いかえて問う。
「まえはコロン使ってたんですけど、少しまえから香水にしてたみたいで」
「匂いの強さも持続時間も違うからね」
告はつぶやいた。
「さっきもそうだった? 多香乃さん、香り」
告はウインカーを出しつつ尋ねた。車は郊外の住宅街に入っていく。
多香乃が少し黙りこんだ。
「そうですね……言ったら申し訳ないと思っていたんですが、こちらは味覚と臭覚を落とさないために強い匂いのものは避けるので」
遠回しな言い方だが、かなり強かったのかと推測する。
「ところでアラビア文字って、“あいう” までしかないでしょ。“えお” はどうしてたの?」
告は問うた。
多香乃がこちらを見る。
「多香乃さん、聞いて聞いて」
告はハンドルを握りながら後部座席を指さした。
「あ……えと。“えお” は?」
「あの、上に点を一個ずつ増やして。アラビア文字って、おなじ行の文字はついてるものが違うだけって感じだから」
「ペルシャ語方式か」
告はつぶやいた。




