朝石西高等学校付近 2
「女子高生、それも日本人の子の見よう見まねの暗号みたいなものって思ったのは、まあその適当さからなんだけど」
告は日本茶を口にした。
缶をドリンクホルダーに置き、タブレットを手にする。
執事の大江が隠し撮りしてくれた画像をふたたび表示した。
高校のすぐ近くのバス停まえ。
クセ毛をポニーテールにした女子生徒が立っている画像。
告は校門のほうをながめた。
「つぎはこの子。三木 織衣ちゃん。もう帰ったかな」
「名前が上がってる女子生徒ぜんぶにおなじこと聞くんですか?」
多香乃が顔をしかめる。
「そんなことしてたら、それこそ怪しまれるじゃん。ダイイングメッセージの裏づけに来てるだけなんだから、二人だけだよ」
「二人……」
多香乃がタブレットを横目で見る。
「瓜生 一葉と三木 織衣? どこに名前の共通点があるんですか」
「被害者は、ウリイと書いたのかオリエと書いたのか。どっちかなんだよね」
「ぜんぜん違いません?」
多香乃が不可解そうな顔をする。
告はタブレットをタップした。
アラビア文字のアルファベット一覧を表示させる。
「それがおなじなんだなあ。ほらほら」
タブレットを両手で持ち、一覧を多香乃に見せつける。
「やめてください。申し訳ありませんけどわたしにはアニキサスにしか見えません」
「失礼だね」
告はフロントガラス越しに高校の校門を見た。
クセ毛の背の高い女子生徒が友だちと校門から出てくる。
「あれかな」
今日はポニーテールではなくハーフアップだが、本人と思われた。
「多香乃さん、行って行って」
告は両手でその場から押し出すようなゼスチャーをした。
「待ってください。なんでおなじ表記でウリイとオリエなんですか」
「説明してたら行っちゃうじゃん。あとであとで」
多香乃が、告の顔と三木 織衣を交互に見る。
くっと小さく呻くと、車のドアを開けた。
多香乃が三木 織衣に声をかける。
告は車のシートに背中をあずけてその様子を見ていた。
タブレットをスクロールして、八十島が送ってくれた資料を見る。
瓜生 一葉が女性警官による事情聴取で睡眠障害と話していた。「中学校までは大変だったけど、いまは薬を飲んでる」
三木 織衣「キムチを大量に食べてきた」。
告は眉をひそめた。
ダッシュボードに置いたスマホを取りだし、八十島のスマホにかける。
ほどなくして八十島が通話に出た。
「ああ、やそっち。資料のことで聞きたいんだけど」
「──なに」
八十島がめずらしく時間の空いている様子で応じる。
「三木 織衣って子、事情聞かれるときにキムチ大量に食べてきたってなに?」
「──ああ」
八十島が相づちを打つ。
「何つうか──女性警官との雑談でそんな話が出たとか何とか。いちおうぜんぶ記録されてたからそのまま送っちまったんだべ」
告はしばらくタブレット画面を見つめた。
「やそっち、だべなんてまえ言ってたっけ?」
「悪い。刑事課のベテランの人のクセがうつった」
八十島が答える。
このまえ言ってたベテランとおなじ人だろうか。
ずいぶん影響力のある人がいるんだなと思う。
告はしばらく宙をながめた。
「やそっち、この子ちなみに香水とかつけてなかった?」
「──香水?」
フロントガラスの向こうで、三木 織衣と話していた多香乃が何か異変を感じたように大きく後ずさる。
三木 織衣といっしょにいた女子生徒たちもオロオロと後ずさった。
多香乃が指示をあおぐようにこちらを見る。
告は車のドアハンドルに手をかけた。
「やそっち、警察でこの子の血液検査なんてした? ──って、そのまえに刑事さん呼んで」
「──いや刑事だろうが、こっち」
八十島がそうツッコむ。
「きゃあああああ! 虫があああ━━━━!」
三木 織衣が鋭い悲鳴を上げる。
告は八十島のツッコミには応じずに車のドアを開けた。
「多香乃さん! 乗って!」




